急患の報せ
「見事ですな――」
村人たちの輪の中から姿を現した人物がいる。
履きのズボン姿にボタンシャツ。革製のチョッキにつばの無いコットン地のロール帽、革製のブーツと言う姿の実年男性だ。
「村長――」
輪の中から声がする。その一言で彼が何者なのかすぐに分かる。
「メルト村村長のメルゼム・オードンです。助かります、この村においでいただける薬師の方がおられたとは」
歩み寄る村長は右手を差し出してきた。明らかに交流を求めていた。それをどうするのかとヒヤヒヤして見守っていればパックさんは堂々と切り替えした。
「薬師の
その場でアドリブで偽名を名乗ると握手で返して無難に乗り切る。
「それはありがたい。噂で御存知の通り、今、ワルアイユでは医師が不足しています。巡回医師もまわってこない。幼子を抱えている母親などは難儀しています。できれば定住していただけるとありがたいのですが――」
それは懇願に近い言葉だった。だが村長とてそれが簡単に叶う事では無いことくらい分かっているはずだ。
「申し訳ありませんが、私も巡回先を幾つか抱えております。定住はできません。ですが日をおいてまたお伺いさせていただきましょう」
それだけも救いだったに違いない。村長の顔に明るさがさしていた。
「その言葉だけでもありがたいです。ぜひお願いします」
村長とそんな言葉をかわしたときだ。足音も大きく駆け込んでくる者がいた。
「お医者様! お願いします! 子供が! 熱が下がらないんです!」
木綿地の質素な柄の袖なしワンピースを着込み両肩から頭にかけてフード付きのハーフマントを羽織った妙齢の女性だ。日に焼けた赤毛が目立つ純朴な美しさの女性だった。その青ざめた顔や必死な表情から、事態の深刻さが伝わってくる。パックさんはすぐに動き出した。
「どちらに?」
「この先に家があります。お願いです!」
「わかりました」
そこまで聞けばあとは早い。広げていた荷物をまとめると。私を連れて走り出す。肩掛けのカバンはパックさんが、背嚢は私が持つ。急なことゆえ、疑ったり不満を口にする者は誰もいなかった。
「先生、お願いします!」
背後からメルゼム村長の声がする。軽く振り向き頷き返して礼をする。そして私たちはその場から立ち去ったのだった。
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