パックの辻診療Ⅱ

 二人の子供の診察を終えれば、次は一人の老女が進み出る。

 杖を手にした腰の曲がった初老の女性。夏場だと言うのに肩にショールを羽織っている。それを見てパックさんが言う。

 

「ご老婦、冷え性ですか?」

「はい――」


 申し訳無さそうに老女が答える。もう長年に渡って患っているようだ。

 

「ご婦人はお年を召されると、体質が変わります。子を産まなくなるとそれに応じて体が変わるのです」


 そう語りながら薬包の種類を指示する。

 

「その淡桃の袋を」

「はい」


 そして指で示された数だけ取り出してパックさんに手渡す。

 

「体の冷えもそうした理にまつわるものです。これは自然な営みですので、完全に変えることはできません。まずはこのお薬をお試しください」

「ありがとうございます――」


 渡された薬を両手で大事そうに受け取る老女にパックさんはさらに告げた。

 

「体を庇いかばいすぎるのもよくありませんよ。天気のいい日には少しづつで結構ですから、景色を眺めながら歩いてみてください。体を動かすことで体の内に熱をためることができるでしょう」


 それはいわゆる運動療法だ。薬だけが病を治すわけではないのだ。


「はい――」


 医師としての言葉に老女はにこやかに微笑んでその場から離れた。

 ついで現れたのは年老いた男性。杖をついているのは先の老女と同じだが、杖への依存度が違う。

 

「腰痛ですかな? ご老輩」

「はい――、先日、野良仕事をしていて」

「痛めてしまったと」

「はい」


 あぁ、あれだ。ギックリ腰。老年の職業傭兵の人でもよく見かける。昔と同じように体が動くと過信しているとなりやすいのだ。

 

「失礼――」


 手近な木造りのベンチに腰掛けさせて背後からその背中を触診する。そのほんの僅かな間に症状の急所をつきとめてしまったようだ。

 

「君、赤い布包を」

「はい」


 背嚢の中に赤い布で包まれた道具入れがある。それを両手でそっと手渡す。

 

「ご老輩、痛みを止めます。対処療法ですがしばらくの移動は可能でしょう」


 そして背中をまくらせ背骨のあたりを露出させる。まくった衣類を私が持つと道具入れの中から小さな細い針を数本取り出す。

 

「動かないで。すぐ終わります」


 指先でおじいさんの背筋を確かめると背骨に対して左右対称に針を刺していく。そのかず10本ほど。その光景はメルト村の人々にも奇妙に映ったようだ。かすかにざわめいている。だが――

 

「よろしいでしょう」


 そう告げて針を抜いていく。抜き終わったあとを確かめて軟膏を塗り込み治療を終える。

 

「さ、そっと立ってください」

「え?」

「怖がらずに」


 そう諭しながら老人の手をにぎると立つように促す。すると――

 

――スッ――


――まるで何事も無かったかのように老人は立ち上がったのだ。


「おおっ?!」

 

 ざわめきが驚きに変わる。それまで杖に頼らなければ一歩も歩けなかった人がスタスタと歩いている。その光景は驚愕以外の何物でもない。

 

「骨や脊髄を痛めて無かったのが幸いでした。筋肉と神経に触ったのでしょう。温浴をしながら少しづつ体を動かしてください。それとお年を考慮してご無理はなさらないように」


 そう告げながら湿布薬を手渡す。今にも寝込みそうだったご老体は矍鑠かくしゃくとして歩いていった。

 そして、最後に現れたのは――

 

「あの、俺も見ていただいていいですか?」


 輪の中から声をかけて来たのは一人の青年だった。歳の頃は30歳くらいだろう。家族を養っていてもおかしくない雰囲気だ。だが青年は右足を引きずっていた。なにやら仔細がありそうだ。

 

「いかがなさいました?」

「鉱山労働をしていて落盤事故にあったんです。その際、膝から下の骨を折ったのですが――」

「予後が悪いのですね?」

「はい」


 話に聞いたことがある。骨折をした場合、骨が繋がるのも重要だが、それ以上に神経や筋肉が元通りに動くことも重要だと言う。傭兵ギルド長のワイアルドさんが傭兵としての現役を退いたのも骨折によって足を痛めたのが原因だった。


「見せていただけますか?」


 そう告げると男の人をベンチのところへと誘導する。そして、ベンチの上で不自由な右足の方を出すように促した。

 下履きの股引きを下から解いて右のヒザ下を露出させる。そこにははっきりと重いもので引きちぎられたような裂け傷痕があった。そこが折れた場所だろう。患部のある辺りを触れながらパックさんは言う。

 

「痛みはありますか?」

「はい、しびれるような鈍い痛みがずっと――」


 パックさんの指が何箇所かを押すがその度にひどい痛みにあったように男性が顔をしかめていた。

 

「やはり、折れたあとの施術がまずかったのですね」


 そう告げながらまたあの赤い袋から針を取り出す。

 

「鋭く痛みますがこらえてください」

「はい」

 

 そう答えつつベンチの上に仰向けになる。対してパックさんは取り出した針を何本も打っていく。膝上のあたりからくるぶしのあたりまで、実に十ヶ所くらい。その手付きは速やかで迷いも澱みもなかった。

 そして数分も立たないだろう。針を順番に抜いていくと、軟膏を塗りもみほぐすし股履きをもとに戻した。

 

「体を起こしてください。そして、ゆっくりと足をついてください」

「はい――」


 促されるままに体を起こして足を地面に触れる。そして意を決するように静かにその腰を上げる。

 

「いかがですか?」


 そうそっと尋ねれば男性の顔には笑顔が浮かんでいた。

 

「痛みません――」

「ではそのまま歩いてみてください」

「はい――」


 恐る恐る歩みを始めるが、じきに普通の歩き方になる。そこにはなんの違和感もない。それまでの不自由が嘘のようだった。

 

「もう大丈夫ですね。骨を折ったときに神経を痛めたのでしょう。神経の流れが滞っていた場所を針で刺激しました。関節などが固まっていますから、少しづつもみほぐしながら徐々に負担をかけていってください」

「はい、ありがとうございます!」


 その言葉に男性はうなずくと感謝の言葉を口にした。

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