パックの辻診療Ⅰ

 わたしはパックさんの傍らに立ちながらその様子を眺めていた。まだ時間早い頃だと言うのに噂はまたたく間に広がり、一気に人の輪が出来上がる。

 そしてそれは、それだけこの村が追い詰められ困窮している事の証拠にほかならない。

 早速、輪の中から救いを求める人が進み出てきた。まずは親子だ。

 頭からフードをかぶった女性が一人の男の子を連れてくる。年の頃10歳くらいだろう。手や顔には赤い瘢痕がある。酷い湿疹様の症状なのがわかる。子供が意気消沈し、母親も途方に暮れている。それを目にして母親が言うより早くパックさんは症状を口にする。

 

「湿疹ですね。それも難治性の特異性湿疹――でしょう? 塗り薬や内服薬、色々と試しても改善がされず悪化する、その繰り返しのはずです」

「は、はい――」


 パックさんの言葉に母親もうなずかずには居られなかった。パックさんの手招きに早速男の子を近寄らせ肌の具合を確かめ始めた。

 

「症状は何年前から?」

「赤ん坊のときから軽い症状は有りましたが、悪くなったのはこの2年くらいです」

「ふむ――」


 男の子の様子をじっと見ていたが何かを決めたようだ。

 

「お薬をお出ししましょう。痒みや痛みを抑える薬です。ただし強い薬ですので、かゆみの発作が起きたときだけにお使いください」


 そう告げながら背嚢から紙に包まれた薬を取りだす。とりあえずは5袋くらい。それを母親に手渡しながら言う。

 

「まずは一封、お湯に溶かして煎じて飲ませてあげてください」

「ありがとうございます!」

「それと、いくつか注意してください」

「はい――?」


 症状への注意を伝え始める。薬だけでは治らないもののようだ。

 

「皮膚を清潔に保つのは必須ですが、意外と見落とすのが洗ったあとです。乾かしすぎるとかえって肌を痛め痒みを強めます」

「乾かさない?」

「えぇ、素肌が適度に潤う事が重要です。夏場は直接の日差しも避けたほうがいいでしょう。それと衣類は締め付けの少ないゆったりとしたものを着させてあげるように。寝るときには手袋をさせてあげてください。寝ているうちに掻いた傷がさらなる皮膚炎となります」

「はい、わかりました」


 母親が何度も頭を下げてくる。どれほど息子さんの症状に心を痛めいたのかがよく分かるというものだ。そして母親はさらに尋ねてくる。

 

「あの、お代は――」


 だがパックさんはあっさりとしたものだった。

 

「お心持ちで結構です」


 その母親が出せる範囲の額しか受け取らなかった。もともとが潜入調査が主で商売をするために来たわけではないから当然だが。

 なんども頭を下げる母親をよそに、次の親子が進み出てくる。

 今度の子はひどく痩せている。寝不足のような素振りもある。母親も疲れ果て途方にくれている。その様子を見てパックさんは一発で症状を言い当てる。

 

「喘息ですね? 昨夜も発作が起きたのでしょう?」


 その言葉に母親は驚きを隠せなかった。

 

「はい。そのとおりです」

「しばしば症状が起きていてはお子さんもお辛いでしょう」


 子供はすっかり元気をなくしている。おそらくは症状が出ることを恐れて外で遊ぶことすら諦めているのかもしれない。親としては身を切られるより辛いだろう。

 そこでパックさんは私に声をかける。

 

「そこの黄色い封の薬を5封」

「はい」


 背嚢にしまってある薬の中から黄色く染められた和紙に包まれた薬を5つほど取り出す。

 

「どうぞ」


 その包を受け取るとパックさんは母親に対して説明し始める。


「咳を鎮める効果のある麻黄が処方された薬です。喘息の発作が起きたときに湯で煎じて飲ませてあげてください」

「はい」


 その母親は渡された薬をしっかりと握りしめていた。パックさんはさらに諭すように言葉を続ける。

 

「先程の皮膚炎の方もそうですが、子供の喘息の場合、体質が左右している面もあります。普段の生活もそうですが食事で症状を和らげることも可能です」


 その言葉にすでに薬を受け取っていた、あの皮膚炎の子の母親も耳を傾ける。

 

「まずお勧めしたいのが〝百合の根〟です。皮膚や体に潤いを与え湿潤を維持する働きがあります。この辺りの山林にも自生しているはずです。それと繊維の多い食事で体に溜まった毒を出すように促すことも大切です。たとえばキノコなども手に入りやすいでしょう。それをスープにして与えてあげてください」


 パックさんの言葉を二人の母親は何度も頷きながら聞いていた。マオやホタルによれば今のワルアイユには行商人は立ち寄らないと言う。ならば医師や薬師も同じだろう。子どもたちを抱える親たちにとっては命に関わる問題なのだが、こうした基礎的な知識すら入らない状態なのだ。


「それともう一つだけ――」


 パックさんは諭すように言う。

 

「あまり病のことを口にしないことです。病気のことを繰り返し口にすることで、子供に『自分は病気なのだ』と〝暗示〟をかけてしまう結果になります。そうなれば些細な症状でも重く考える様になる」


 その言葉に母親たちははっとしていた。思うところがあったのだろう。そもそも母親とはなにかと口うるさいものだからだ。

 

「症状が重くならないように配慮するのは大切ですが、それでは体が衰えるばかりです。そうなっては本末転倒です。症状の浅い、特に必要のないときは健常な子と同じように扱いなさい。体力が付けば症状も軽くなるでしょう」


 パックさんから教えを受けて二人の母親は何度も頭を下げながらその場から離れていった。

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