▶〈チャプター1-5〉/出会いと煙草

   ▶




「……よかったのか?」


 セキュリティの捜査官たちは、かれの隣りにいるガラムを除き、みんな忙しそうにしていた。

 リチャードがいる取調室に入った三〇分まえと比べて、その騒がしさは格段と増している。


 だれもが、なにかを求め、進んでいる。

 だれもが、記憶を持って、生きていた。


「なにが?」

 ガラムが首をひねった。

「ここでなにもせず、煙草吸ってることがか?」


「いや……」


 ガラムはエントランスの隅、その全体が見渡せる椅子に座り、かれはその横にいた。

 目の前で、これだけ皆が浮き足立っているというのに、横の捜査官は悪びれる様子もなく、煙を昇らせている。


「そうじゃなくて」

 鼻先の煙を眺めながら、かれは言う。

「本当に、ぼくを取調室に入れてよかったのか?」


「結果がすべてだ。見てみろよ? おれたちの目の前を駆けずり回っているやつら全員、おれが捕まえて、おまえが記録を引き出したから、あんなにも時間に追われてる」


「例の“組織”を追ってるのに?」


「ああ、追いながら、追われてる。ドラマの尾行シーンの鉄板だな」


「……ああいや、そうじゃなくて」

 かれはかぶりを振った。

「許可を取らなくてよかったのか、って訊きたいんだよ。

 いまさらだとは思うけど、取調室に入るまえまでの、いや、セキュリティにやってきたばかりのぼくは、どこか酷く興奮していた。

 周りが見えてなかった。どうかしてたんだ。イカレてるって思えるほどに」


「どうして?」


「あんたにも話しただろう? 役に立てると考えたんだ。

 ……昨日、ドーナッツを食ってた捜査官がやってきた。そのとき、“なにか”を追ってるって言ってたんだ。病室で話してたときは、なんともなかったけど。

 でもあの背中が遠のいていくってわかったとき、“やらなければ”って思ったんだ」


「病室?」

 ガラムがデータ煙草の煙を折った。

「じゃあおまえが……記憶喪失のジョンか」


「ぼくはジョンじゃない」


「じゃあ、なんと呼べば?」


「分からない……」


「――なるほど。“ジョン・”ってわけか。だがあんたは、ちっともイカレてなかった」


「どうして? なんでそう思う?」


「おれには、おまえが、“イカして”見えた」


「……どうして?」


「質問ばっかりだな。それとも、“おまえはだれだ”って鏡に質問するタイプか? ……まあ、いい。そんなに自分がだれかわからないなら、おれが教えてやるよ」


 ガラムが“やるか?”とデータ煙草を渡してきたけれど、かれは断った。

 いくら実害がない再現データとはいえ、ひと前でモクをやるのは気が引けたからだ。


「おまえは、どうしてここにやって来た? 

 どうして小言ばかりのデイリーに追い返されそうになっても、引き下がらなかった? 

 ――それはな、おまえが自分の凄さに気付いたからさ。

 なにも覚えていないことは、なにもできないってことじゃない。おれたちは豆の煎り方を忘れちまったが、珈琲を淹れられないわけじゃない。それにおまえは、おれの目の前でたしかに、豆を煎ったんだ。

 ここで、質問ばかりのおまえに、おれから質問したい。どうやって豆を煎ったんだ?」


「どうやって、って言われても……」


 言語化はむずかしそうだ。“アレ”を口頭で説明しても、理解してもらえるとは、とても思えない。

 シリアルの作り方を教えてくれと頼んだのに、講師からオムライスのレシピを教わるようなもの。

 かれからの説明は、ガラムにとってのオムライスになるに違いない。


 ……だが、かれは結局のところ、答えることにした。

 隣りにいる捜査官は、どこか自分を認めてくれている。その理由はわからないが、悪い気はしなかった。向けられている興味と視線が、善意だと判断できる。

 かれは、その善意に答えたかった。


「……脳を、切り分けるんだ。こう――一二八〇等分に」


「脳を切り分ける? おまえ、おれが見てないあいだに解剖したっていうのか?」


「ちがう、違う。そうじゃない。イメージの話だ。ぼくはあんたに、あのリチャードって男のナノシアターの権限を公開オープンにするように頼んだだろう? 

 ひとは、世界ネットワークでつながることができる。

 ぼくもあのとき、リチャードにつながったんだ。もちろん、データ的な意味合いで」


 言って、やっぱりとかれは、ガラムから勧められたデータ煙草をもらうことにした。

 この捜査官の横で話すこと、この捜査官と同じ場所にいるのには、それが礼儀だと感じたからだ。


 酒の付き合いしかり、煙草の付き合いしかり、昔からなにかを共有することは、それだけで閉じていた門を開くことに等しい。

 開かずとも、ノック程度の効果はあるはずだ。


「……なんだ、これ。酷い味だ」


 梅干しと、チョコレート。そんな風味が、かれの鼻を突いた。


「おれと同じ名前の銘柄だ」

 ガラムは嬉しそうに言う。

「いずれくせになる。気に入ったなら、買い方を教えてやるよ。それより、続きを話してくれ」


「続き、と言ってもな」


 なにも入っていないはずの胃から、なにかが戻ってきそうになるのを堪えながら、かれは続ける。

 実物ではないはずの煙は、かれの肺を重くした。


「あとは、シンプルだ。ぼくは切り分けたリチャードの脳から、記憶を読み取る。それを、あんたでも見やすいようにデータ化した。それだけだ」


「“記録を読み取った”? それじゃあ、あのときおまえはリチャードになってたのか?」


「記憶と言っても、全部じゃない。ほんの一部だ。どんな記憶だとかは、ラベルで見分ける。いつの記憶だったとか、そういうものを」


「どんな感じだ?」

 ガラムは、嬉しそうに訊いてきた。

「記録を読み取るとき、ひとりであいつの記録を見たとき、どんな感じだった?」


 どんな感じ。

 どういう風に感じ、思い考えたのか。

 具体的に説明することは、これまたむずかしい。


 記憶がない不安を他人に話しても理解してもらいがたいのと同じように。

 これは、そのたぐいだろう。

 ……とはいえ、先と同じことだ。答えないのも、失礼だろう。


 あまり深く考えず、かれは直感的にイメージのディティールを口にした。


「映画を観ているみたいだった」


「映画?」


「ああ、映像ムービーだよ。スクリーンのまえに座って観る映画だ。わかるだろ?」


「いまはスクリーンなんて、どこにもない。大体はナノシアターで済むだろう?」


「……ああ。なら、それでいい」

 煙を吐いて、かれは続ける。

「とにかく、ムービーだよ。

 スクリーンは脳……いや、今回の場合はリチャードだ。

 ぼくは彼を通して、映画を観た。数週間まえの、たまたま雨が降らなかった夜に起こった、なんでもないクズの経験だ」


 そこまで言って、かれはデータ煙草の火を消した。


 くすぶる感性をひとに吐露するのに、眼下で揺らがられていては迷惑だ。


「ぼくには、記憶がない。だから、どれだけつまらない記憶けいけんでも、ぼくにとってはムービーだ。

 金を払って半券片手に小1時間、席に黙って座ることも我慢できる。今回、できると確信していたけれど、実際に試してみてわかった。

 ぼくは、 セキュリティに協力できると、役に立つことができると確信していたけれど……」


 そこまで話して、かれはハッとした。


 いまから自分がなにを言おうとしているのか。

 思考がまとまるよりも早く自分は、自分の考えを口にしようとしたことに。

 かれは思う。空っぽの頭で、自分を感じた。


 自分は一体、なにを考えたのか。


 リチャードというスクリーンを通して観た映画。

 上映が終わった後に去来したのは、かれの胸中を埋め尽くそうとする考え、もしくは気付き。

 自分は、役に立ちたいだけではない、という改め。


 だって、メリットがない。

 ひとの行動に一方通行はない、はずだ。

 だれだって対価を求める。

 役に立てば、ご褒美が欲しい。当然のことだ。


 では自分は――“かれ”はどうだ?

 メリットは? 対価は? ご褒美は?

 役立った先に、かれはなにを得る? 

 セキュリティに協力して、だれかの記憶を垣間見て、一体なにを――


「――――――――そうか」


 名無しのはつぶやいた。

 透き通ったことばが漏れ出す。

 なにもないと思っていた頭が少し、重くなった気がした。


「どうした?」


「ぼくは、得ていたんだ」


 ガラムのことばに、かれは答えた。小さく、けれど力強いことばで。

 かれは、自分を信じてくれた捜査官に、問われた答を返す。

 自分が記憶を観て、なにを思ったか。

 自分が記憶を観て、なにを得たのかを。


「……昨日から、考えていたんだ。捜査官がやってきて、帰ってしまった、そのときから。

 去っていく背中を見て、自分は彼らの役に立てる。その力がある。できることがある。役に立たなければならない。そうしなければ、ならないと。

 あのとき、ぼくが感じていたのは義務感か、それとも使命感か――いや、そんなことはどうでもいい。いま、ようやくわかったんだ。ぼくはただ、欲しかった」


「なにが、欲しかったんだ」


 蒼い瞳に、かれが映っていた。


 蒼色のかれは、震えている。寒くもないのに、小さく。

 ガラムはそんなかれに優しく、言いかけたことばの先を訊いた。

 かれはその期待に――問いに答えようと、震えを止めた。


「――記憶だよ。ぼくは、記憶が欲しかった。

 ぼくには、なにもない。なにも覚えてない。

 ぼくは、だれでもない。“名無しの”でもなかったんだ。

 だから、記憶が欲しくなった。なにかで役に立てば、だれかの力になれば、ご褒美がもらえると考えていた」


「他人の記録で、自分を埋めるのか?」


「そうさ」

 ガラムのことばに、かれは首肯した。

「ぼくは、どこにもいなかった。

 幾千、幾万通りの検査をしたって――それこそ、この頭を切り裂いて、暗い暗い密室のうを調べ尽くしたって、どこにもいなかったんだ!

 ……でも、ひとの記憶を観て、わかったんだ。記憶これをかき集めれば、いつか自分ができるって。名前がない自分にも、いつか他人ひとに名乗れる名前ができるって」


 息を吸う。

 呼吸を整えて、かれはガラムを視界の中心にとらえた。

 理由はわからない、けれど自分のことばを信じてくれた捜査官に向けて、自分は最低のことばをいまから並べ立てる。

 だから、せめて相手の善意には答えようと、かれは前を向いた。


「ぼくは、利用しようとした。利用されることで、あんたたちセキュリティを利用しようとした。……ああ、ぼくは最低だ。正義感に似たなにかを感じていたと思っていたのに」


 追い求めるのは、結局利益。

 鼻先に垂らされたエサ欲しさに、自分は“役に立てる”と、周囲や自身を騙していたのか。

 かれは目覚めて初めて、自分を下卑た。


「セルフトークか」


 新たなデータ煙草を咥えたガラムがつぶやいた。

 その声色に、かれを見下す色合いはない。

 むしろ、先ほどまでと変わらない、優しい声だった。


「なあ、知ってるか? これはおれがいま調べたことなんだが、自分の思考プロセスを口に出すのは、頭が良い傾向があるそうだ。これって、おまえのことじゃないか?」


「え?」

 そらそうとしていた視線を、かれはガラムに戻した。

「あんた、一体なにを?」


「いや、なに。おまえの話を聞いて、おれが思ったことは、ひとつだけだ」


 二本目のガラムが、かれに差し出された。付き合え、ということらしい。

 受け取ると、力強い口調で、ガラムは続きを言った。


「とりあえず、うちに来い」


「どうして?」


「ごちゃごちゃ言うな。

 ……おまえが、利己的な目的でセキュリティに入ろうとした。その話は、たしかにおれも聞いたさ。安心しろよ、おれの耳は2.0だ。ああいや、そりゃ視力だったか……とにかく、おまえが考えていたことは、すべておれが聞き届けた。それに、おまえは別に最低じゃないさ。


 なにも覚えてないから、なにか思い出が欲しいって言うことのなにが悪い? ガキがおもちゃが欲しいとだだをこねるのは当然のことだろう?


 ひとってのは、欲の塊だ。おれは四六時中煙草が吸いたいし、デイリーも常になにかを食べていたいと考えてんだ。おまえも、自分に足りないものが欲しいと願うのが当たり前なんだよ。


 それに、なんだ。他人の記録で自分を埋めるとか言ってたが、そこら中から漁りまくれば、どっかにおまえが映ってる映画があるかもしれないだろ?


 ――ああ、安心しろよ? 本当にセキュリティに入れるかどうかっていう不安なら、問題はない。おれは他の連中がアルフ署長に、飲み過ぎた夜道に止まらなくなった吐瀉物みたいに文句を垂れ流していたとき、一切不満を垂れずにやってきたんだ。


 そのお陰で、逮捕率だけを見ればいつの間にかトップだ。今度のボーナスを突っ返してでも、おまえがここで働けるようにしてやるよ」


 ガラムは真剣だ。そのことが、聞こえてくることばたちからも伝わってくる。


 なにかを欲しがることは、当然のこと。

 だから自分を卑下する必要はない。


 かれはなぜだか、ガラムが言ったことばなら、信じられる気がした。

 突然やってきた捜査官が、かれを信じたように。


「……じゃあ、四つだけ質問いいか?」


 偽物データの灰を足下へ落とすガラムに、かれは訊いた。


「質問? ……“やっぱりここで働かないですむ方法”ってやつ以外なら、なんでも」


「ボーナスが出るのか?」


「…………出るわけないだろ。ありゃ冗談だ」


「ふたつ目。どうして、ぼくを信じようと思ったんだ?」


「どういう意味だ?」


「いや、気になるだろ。あんたたちからすれば、ぼくは突然やってきて“自分はセキュリティの役に立てます”とほざく一般人にしか見えないはずだろう? なのに、どうして?」


「あー……そのことか」

 大きく煙を吐き出しながら、ガラムは続けた。

「おまえがデイリーと話している内容に聞き耳を立てていたら、まるで“ジャック”だと思ったんだよ」


「“ジャック”? ン・だからか?」


「違う、そっちじゃない。

 “ジャック”ってのは、二〇年まえのセキュリティにいた助っ人だよ。アドバイザーというべきかな。おれも詳しくは知らないんだが、そのジャックってやつは、おまえみたいなことをして、犯人逮捕に協力してくれたらしい」


「同じこと? 記憶を読み取ってたのか?」


「わかんねぇよ。詳細は知らないんだ。

 ……まあ、そのジャックってのも、すぐいなくなったらしい。加えて、セキュリティは一〇年まえにもアドバイザーがいたそうだが……そっちの方は、おれもいっさい知らない。

 とにかく、二〇年まえ、そして一〇年まえにセキュリティにはアドバイザーがいた。たまたまそうだったんだ、と思っていたところに、おまえが現れて、おれは運命を感じた。なぜだと思う?」


「……偶然が、規定ルールに変わったからか?」


 かれの答に、ガラムは正解だと指を鳴らした。


「話を聞いてやろう、と考えたのは偶然だった。“ジャックかもしれない”とも考えていたけど、デイリーの野郎が手こずってたから、面倒なやつだったら代わりに追い返してやろうとも考えてた。でも、話を聞いて正解だったよ」


「あんたが今、ぼくの話を聞いてくれているのも、ジャックだから?」


「それもある。さっき言っただろう? 何事にも対価はあるって。

 おれがおまえをセキュリティに入れようとして話しているのは、おまえが戦力になると考えているからだ。それも、特大のな。

 わかるか? ギブアンドテイク。おれがおまえを誘っているのは、おまえというご褒美が欲しいからだ。


 たしかに、きっかけはジャックだ。でも決め手は他ならぬおまえ自身だ。

 ……話してみて、わかったんだよ。おれは、おまえが気に入っちまった。力になりたいとも考えた。おれがおまえを気に入った決め手も、他ならぬおまえ自身だよ」


「ぼくを気に入ったって……」

 ガラムのことばに、かれは首を振った。

「ぼくは、だれでもないんだ。なのに、どこを気に入るっていうんだ?」


 頭は空っぽで、真っ暗な部屋にはなにもない。

 名前もなくて、自分がだれかもわからない。

 そんな自分を“気に入った”と語るガラムが、かれには不思議だった。


 頭を切り開いたって、“かれ”はどこにもいないのに。

 そんな自分を、どう気に入るというんだ?


「頭の中じゃない。おれの目の前にいる」


 スッと、なにかが軽くなった。ガラムのことばを聞いて、かれは声を失った。


「おれはこうやって、今おれと話しているおまえを気に入った。

 慣れていない煙草に付き合ってくれるおまえを気に入った。

 隣りでガキみたいに泣き出すことを我慢しているおまえを気に入ったんだ。

 “だれでもない”んじゃない。おまえは、おれが気に入った“だれかさん”だ。

 ――それで? 質問はまだふたつあるんだろう? さっさと済まそう。それで、みんなが忙しそうにしている隙に、署長におまえのことをごり押しするんだ」


「……ああ、わかった」

 かれは目尻が濡れたままじゃないか確認して、

「それじゃあ、ふたつ目だ。これは、どうでもいい質問になるかもしれないが……なんで“デイリー”なんだ?」


「なんで?」


「昨日、あのひとのプロフィールを見た。名前とセキュリティのマークが入っただけのやつだけど。

 あのひとは“デイヴィット・ウィーク”って名前だろう? あだ名にしても、デイヴとかが無難なんじゃないかと思って」


「デイリー・ミッションだよ」

 ガラムが得意気に言った。

「ソーシャル・ゲームって知ってるか? 大昔に流行ったやつだ。いまはナノシアターがあるから、没入型やリアリティ志向のゲームばかりあるが、そこにあったんだよ」


「そこにあったって、なにが?」


「だから、デイリー・ミッションさ。一日一回、なにかしらのお題をクリアする。そうすることで、報酬がもらえる。その報酬がなきゃ、プレイヤーたちはソーシャル・ゲームってやつをやった気になれない。目的や通過地点がなきゃ、やる気なんて湧かないからな」


「だからって、どうしてソーシャル・ゲームとデイヴィット捜査官がつながるんだ?」


「デイリーは、一日一回小言を言うんだ。

 一日のどこかで野郎と話せばミッションクリア。それを一週間続ければ、ウィークリー・ミッションクリアっていうわけだ」


「……だれがそんなあだ名つけたんだ?」


 とても仲が良い人間がつけたとは思えない。

 聞こえてくるあだ名の由来には、どこか悪意というか、少なくとも多少の恨み節が、かれには感じられた。


「おれだよ」

 ガラムが笑って、自身を指さした。

「あだ名の名付け親はおれさ」


「どうして?」


「まあ、いろいろと、な」


「…………毎日、小言を言われたのか?」


「名前と言えば」

 笑みが苦笑いに変わったことを隠すように、ガラムが手をたたいた。

「おまえの名前を、決めなきゃな。流石に“おまえ、おまえ”って呼び続けるのは気持ち悪い。おまえも、ジョン・ドウのままじゃ嫌だろう?」


「――まあ、そうなんだけども」


「なにかあるのか?」


「……四つ目の質問、いいか?」


 言って、かれは手に持っていた、火の点いていないデータ煙草を差し出した。


「さっきはあんたに点けてもらったからよかったが……これ、どうやって火を点けるんだ?」


「――すまん。完全に忘れてた」



 ――――これが、ベクターが初めてガラムに出会った半年前の出来事だった。

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