十二
「あ! 雫!? もう、驚かさないでよ! 気になってきちゃったの?」
真君が嬉しそうに、雫さんへと駆け寄る。僕も後を追った。地下へと続く小さな社と入り口の鳥居の間に敷かれた石畳を駆ける。雫さんは、鳥居の真下に立っていた。正確な時間は分からないけど、もう結構遅い時間のはずだ。僕は、真君の肩を後ろから掴んで、彼の動きを止めた。
「真君、落ち着いて、転んだら危ないから」
凹凸のある石畳な上に、明かりも乏しい。真君は、照れ笑いを浮かべて、一息ついた。そして、ゆっくりと鳥居の方へと歩いていく。僕も続き、次第に雫さんの顔が、明確に分かるようになった。こんな夜更けに一人で来るなんて、余程宝石が見たかったのだろうか? いや、それだけではないのだろう。雫さんは、昼間に僕達が地下へと行くことを知って、元町先輩の様子が知りたかったのだろう―――いや違う。雫さんは、元町先輩が地下にいることを知らないはずだ。真君が話したのだろうか? 僕はもう一度、真君の肩を掴んだ。今度は、両手で真君の動きを制する。鳥居までの距離は、五メートルくらいだろう。真君が、首を捻って、僕を見上げていた。
「雫さん? こんな夜更けに一人で、どうしたんですか?」
「やっぱり気になっちゃって、来ちゃった!」
「それで一人で来たんですか?」
「うん、そうだよ。だって、二人だけ楽しそうなんだもん」
雫さんは、不貞腐れるように、頬を膨らませた。
「そうだよね? やっぱり、気になるよね? 雫、見て見て!」
真君が両手で、輝く石を前に差し出している。僕は真君を掴んでいる手に力を込めた。気を抜けば、犬のようにリードを外し、走り出してしまいそうだからだ。
なんだろう? この違和感。
楽しそうだからといって、一人でこんな夜更けに来るだろうか? 女の子が一人で―――と、ここで、違和感の正体に気が付いた。
雫さんは、どうして、一人でいるのだろうか?
何故、九十九衆の誰かが、同行していない?
そんなことは、ありえない。こんな夜更けに訪れた客人を一人で、自由にさせる訳がない。いくら、今回の案件の関係者だからといって、顔パスな訳がない。まるで、侵入者のように一人で・・・あの九十九衆の目を掻い潜って一人で?
「すいません、雫さん。九十九さんは、どうしたんですか?」
「時! 肩痛いって! 離してよ!」
思わず力を入れ過ぎてしまったようだ。真君が、僕の手を振りほどき、雫さんへと駆け寄った。
「わあ! これが、宝石なの!?」
雫さんが、駆け寄る真君を向かい入れるように、屈んで満面の笑みを浮かべている。すると、真君の体が、宙に浮いて吹き飛んだ。
「真君!?」
叫び声を上げた瞬間に、周囲が急に明るくなって目が眩んだ。いつの間にか、周囲には大量の火の玉が浮かんでいる。
「おやおや、こんな夜更けに女の子を連れ込んで、時も隅に置けないねえ」
聞き馴染んでいる、間延びした気怠そうな声が響いた。先ほどまで雫さんがいた鳥居の下に、響介さんが立っていた。そして、その両脇には、御三家である銀将君と神槍さんがいる。彼らの後ろには、祈子さん、鍵助さん、鏡々さんがいて、いつの間にか大勢の九十九衆が周囲を取り囲んでいた。
「ね、ねえ? 時君? これは、どういうことなの?」
背後から服を掴まれて振り返ると、雫さんが怯えた表情で周囲を見渡している。僕は無言で首を振った。僕もまるで、意味が分からなかった。
「あ! 真君は!?」
響介さんに向かって叫ぶと、彼は僕の背後を指さしていた。振り返ると、小さな社の前で、真君が横たわっていた。真君の傍には、琥珀がいた。きっと、琥珀が真君を甘噛みして連れていったのだろう。なぜだ?
僕は、思わず息を飲んだ。全員集合している。そして、この殺気交じりの重々しい空気。僕達が、地下から大切な品を持ち出してしまったからなのだろうか? 何よりも周囲を取り囲んでいる九十九衆が、全員武器を所持している。刀や槍、見た事もない形状の物まで。まるで、僕達を取り逃がさないように・・・何なら始末するような勢いを感じる。
「す、すいません! 響介さん! これはいったい何ですか?」
「時、惜しかったねえ。実に惜しかった。目の付け所は、非常に良かった。僕は嬉しいよ」
響介さんは、袴の袖に両腕を通し、腕を組むように、こちらに歩み寄ってくる。
「それにしても、素早いねえ! 藍羽君? ただのJKとは思えない身のこなしだ」
響介さんの言葉で、反射的に振り返った。そう言えば、先ほどまで雫さんがいた場所に、今は響介さん達がいる。そして、いつの間にか、雫さんは僕の背後にいる。これはいったい、どういうことなのだ?
「し、雫さん? どういうことですか?」
「え? さっぱり分からないよ。ねえ、時君? 私、何か悪いことしちゃったのかな?」
雫さんが、涙声で僕の背中に抱き着いてきた。大きな胸が背中に当たる感触がする。
「往生せえやあ!」
突然、頭上から叫び声がし顔を上げると、神槍さんが握りこぶしを振りかぶっていた。避ける間もなく、僕の背後に拳を振り下ろされ、爆風で吹き飛んだ。とんでもない威力だ。転がった先で、視線を向けると、先ほどまで僕と雫さんがいた場所が、えぐり取られたように凹んでいる。
「し、雫さん!?」
僕が雫さんの姿を探していると、離れた場所で銀将君と対峙していた。雫さんは、見るからに狼狽えている。そして、雫さんが、僕の姿を発見し、視線が交錯した。
「時君! 助けて!」
急いで立ち上がり、雫さんへと走り出すと、急に体が動かなくなった。何事かと困惑していると、祈子さんに羽交い絞めにされていた。
「時君。落ち着きなさい」
「落ち着いてなんかいられませんよ! これはいったい、どういうことなんですか!?」
雫さんへと視線を向けると、銀将君と何やら話しているように見えた。そして、雫さんが力なく項垂れた。
訳が分からない。先ほどから、瞬間移動のオンパレードだ。皆の動きが速すぎて、目で追う事すらできない。現状が理解できない。軽いパニック状態で、心身ともに氷漬けにされたようだ。雫さんは、両手で顔を隠すようにして、俯いていた。
泣いているんだ。そう思ったら、頭に血が上っていった。
「祈子さん! 離して下さい!」
「ちょっと、時君! 暴れないで! 冷静になりなさい! って! あああああああああああああああ!」
耳を劈くほどの祈子さんの悲鳴に、一瞬眩暈がした。何事かと思った瞬間に、体が軽くなった。祈子さんが僕を投げ捨て、一目散に走り出したのだ。祈子さんの向かう先を見ると、雫さんが銀将君に抱き着いていた。何故だか分からないけど、僕も祈子さんを追うように走り出した。すると、雫さんの長い黒髪が、一瞬浮かび上がったように見えた。
次の瞬間、閃光のような光の筋が見えた。
光の矢が祈子さん目がけて飛び、彼女は難なく受け止めた。祈子さんは、身体能力だけでなく、動体視力も優れているようだ。それにしても、いったい何が起こったのだ?
「ううううううううううう!!!! ががががががががががっっっ!!!!」
突然、祈子さんが、獣の咆哮のような雄叫びを上げた。祈子さんの目前で、体が硬直して動かない。すると、背後からクスクスと、小さな笑い声が聞こえた。咄嗟に、振り返ると、雫さんが口元に手を当てて、笑みを浮かべていた。いつの間に、移動してきたんだ?
「ほんと、御三家とか大層な通り名の割に、大したことないよね? 歪屋だってそうよ。ねえ、時君? 知ってる?」
雫さんは、祈子さんを指さした。僕は頭が混乱していて、素直に雫さんに従うように、祈子さんを見た。奇妙な雄叫びを上げ続けている祈子さんは、白いボロボロの日本刀を持っていた。
「あの、刀の名前」
「・・・え? 名前?」
「妖刀、『夜叉丸』って言うのよ」
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