十一

 九十九さんに言われて、初めて気が付いた。真君の姿が見当たらない。ずっと、僕の後ろについてきていたから、てっきりいるとばかり思っていた。

「おーい! 真君! どこー?」

 大声で呼びかけても返事がない。もう、嫌な予感しかしない。真君は、『それらしいもの』を発見したと言っていた。第三の目を発動して、目的の物がここにあることを突き止めたのだろう。しかしながら、どうして真君は、『それらしいもの』と判断できたのだろう? 『妖結晶』という文字面から、結晶のような形を連想させたのだろうか? 結晶の形って、どんな形だ? どんな大きさでどんな色をしているのだろうか? 僕には、見当もつかないので、真君はよっぽど想像力に長けているのかもしれない。

「ああ、ごめんごめん! 珍しい物ばかりだから、色々眺めていたら、はぐれちゃったみたい」

 真君は、棚の陰から、ひょっこり現れた。

「そ、そう。気を付けてね」

 言いながら横目で、九十九さんの様子を伺った。仮面をしているから分からないけど、九十九さんは特に何かを勘ぐったりしている様子はないように見えた。一先ず、胸を撫で下ろす。

「ねえ、時? 九十九? 僕、もう疲れちゃったよ」

「そうですね。では、そろそろ帰りましょう」

 九十九さんは、出口へと歩み、僕と真君は続いた。チラリと真君を見ると、妙に満足気な表情をしていて、みぞおちの辺りが重くなった。帰りは階段をただひたすら上るだけであった。踊り場を回る時に、僕の後ろにいる真君を見ると、両手で腹部を押さえるようにしている。小さな体では、この階段がキツイのかもしれない。

「真君、大丈夫? おぶろうか?」

「え? いや、平気平気」

 顔を左右に振る真君であった。心配ではあったけれど、真君の意思を尊重し、様子を伺いながら上った。一段一段と階段を上るにつれて、心配から不安に変わっていく。最後の一段を上り切り、小さな社を抜ける。

「それでは、お疲れ様でした」

 九十九さんが小さくお辞儀をして、歪屋家の屋敷の方へと歩いて行った。社を出たところで立ち止まっていると、二人の九十九君が揃ってお辞儀をして、社の扉を閉めた。僕は足元を見る。改めて思い返すと、凄い世界がこの地下に潜んでいた。異世界であり、常軌を逸していた。一階と三階は、町が形成されており、住人の生活が成立していた。

 両手で腹部を押さえている真君を見下ろした。

「ひょっとして、真君? そのお腹に隠しているのって」

 真君が顔を上げて、歯を見せる。やはりそうか。真君は、辺りをキョロキョロ確認し、服の中からある物を取り出した。手のひらサイズで、トゲトゲした山のようになっている。クリスタルの結晶のようで、黄色く輝いている。自ら光を発している訳ではなく、外部からの光が当たった部分が輝いている感じだ。

 このクリスタルの結晶のような物体が、『妖結晶』なのだろうか? 特別に怪しい気配は、感じないのだけど。

「きっと、これが妖結晶だよ。まさに宝石みたいに綺麗だね?」

 嬉しそうにはしゃぐ真君であった。

「真君? どうしてそれが、そうだと思ったの?」

「雫が教えてくれたんだ。二人でどんな形かなって話してる時にさ。きっと、宝石だったら、こんな形だろうって。雫が絵を描いてくれたんだよ」

 そういうことか。地下に眠る財宝と真君が言っていたから、財宝=宝石という発想なのだろう。しかし、真君が持っている物が、宝石という連想に結び付くのだろうか? 僕には、あまりピンとこなかった。そもそも、宝石を見た事がないから、宝石のイメージなんてできないけれど。やはりその辺は、女性の方が詳しいのだろう。

 イメージ画を描ける程に、雫さんは宝石が好きなのだろう。そして、いったいいくらくらいするものなのだろうか? 高いという印象しかない。雫さんにプレゼントしたら、喜んでくれるだろうか? 流石に、響介さん名義のクレカで、購入する訳にもいかないだろうから、アルバイトでもするべきか。しかし、お勤めがある身の上で、許されるのか分からない。うーん、実に悩ましい。

「それで、それをどうするの?」

「どうしよう? 雫に見せてあげたいし、どうやって使えば良いのか分からないね? とりあえず、どこかに隠しておいて、情報を収集するしかないなあ」

 確かに使い方が分からないし、そもそも本物なのかどうかも分からない。見るからに、美しくはあるけど、特別な石のような感じはしない。て言うか、前提として、本物だろうが偽物だろうが、保管庫から盗み出した物には違いないのだ。今更ながらに、事の重大さを思い出した。僕は慌てて、真っ暗に染まる一帯を眺める。沢山いる九十九君の一人にでも見つかれば、情報は共有されるのだ。太い幹の樹木の陰から、九十九衆が様子を伺っているような気がして、気持ちが落ち着かない。こんな心苦しい想いをしながら、生活を送るのだと思うと、メンタルを病んでしまいそうだ。罪の意識から、自首をすることは火を見るより明らかだ。なんとか、真君を説得したいものだ。力になると言っておきながら、情けない話だけど。

 それにしても、この真君が持ってきてしまった代物も気になるところだ。妖結晶ではないにしろ、玄常寺の最下層で、厳重に保管されていた代物だ。ただの宝石だとも思えない。持ち主に災いを与えるとかだったら、どうしよう。

「ねえ、時? やっぱり問題は、隠し場所だよね? 玄常寺の中で見つからない場所なんてあるかなあ? 九十九がいるしさ」

「やっぱり、元に戻しておいた方が良いんじゃない? ほら、僕ならある程度自由に出入りが、出来るようになりそうだしね。情報収集して、使用法が分かったら、改めて取りに行けば良いんじゃない? もう保管庫のどこにあるのかも、分かるんだし。ね? その方が安心安全じゃない?」

 そうなのだ。安心安全なのだ。僕の生活が。もし万が一、別の場所に隠していて紛失させたり、窃盗にあったりすれば一大事だ。それ以外の方法は、無いように思える。しかし、真君は、納得がいっていない様子だ。折角手に入れたお宝を、手放すのがおしいのだろう。僕が手を差し伸べると、真君は逡巡するかのように、僕の手と輝く石を交互に見ていた。すると、真君は、諦めたかのように、ゆっくりと握った石を持ち上げる。

「それなら、私が預かっていようか?」

 突然、声が聞こえて、僕と真君が同時に体を震わせた。真君は、輝く石を落としそうになり、慌てて掴み上げる。声の方へと顔を向けると、暗闇の中から雫さんが現れた。そして、目を細めて、にこやかに微笑んでいる。

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