血で血を洗う激闘の末、命からがら夜叉丸の討伐に成功した―――とは、ならなかった。『首狩り夜叉丸』の捕縛には、成功した。なんの労力も使わずに。

 僕と銀将君は、鍵助さんの指定する地点へと向かった。千年階段を下ると、車が止まっており、六角堂家の関係者の方が乗っていた。二人ともが黒いスーツの上からでも分かる程の屈強な体の持ち主であった。そして、サングラスをかけている。どこからどう見ても、社会から反している方々のような風貌で、恐縮するしかなかった。お二方が銀将君のことを『若』と呼び、敬語で話していた。そんな彼等を見ていて、普段通りに接することが憚れた僕は、銀将君に思わず敬語で話してしまう。そして、あっさり否定されてしまったのだ。

 車の中で、居心地悪く小さくなっていると、助手席に乗った方が、クルリと顔をこちらに向けた。僕と銀将君は、後部座席に座っている。

「若! 間もなく、鍵助さんからの指定場所に到着します」

「そうか、もう少し行った所で、止めろ」

 銀将君が指示を出し、車が徐行し停車した。銀将君が素早く車からおり、二人の男性に更に支持を出す。運転手さんは車で待機し、助手席の方は僕の護衛につくそうだ。銀将君が先頭を歩き、僕と護衛さんが後に続いた。

 周囲には、古い民家が並んでおり、坂道が続いている。小高い山を切り開いて築いたようで、坂道に沿って家々が連立していた。少し、想像とは違っていた。僕と鍵助さんが、夜叉丸と遭遇した鬱蒼とした人目につかない雑木林に隠れていると考えていた。銀将君は、辺りを見渡すこともなく、前だけを見据えて歩いている。まるで、目的地を知っているかのように見えた。

「あ、あの護衛さん?」

 僕は声を押し殺して、隣を歩く男性に声をかけた。

「新海と申します。以後、お見知りおきを。何でしょう?」

「あ、染宮時と申します。こちらこそ、宜しくお願いします。あの、銀将君は、鍵助さんの居場所を分かっているのですか? そういった能力が、あるんですか?」

 同盟関係にある付喪神とは、リンク機能というか、GPS機能みたいに、互いの居場所が分かる能力があるように感じた。すると、新海さんは、小さく首を左右に振った。

「いいえ。そのような、能力はございません。ただこの場所は、最も警戒していた場所なので、予想通りと言ったことなのです」

 僕が新海さんを不思議そうな顔で見上げていると、彼は歩く度に警戒を強めているように感じた。小高い山頂に接近する度に、警戒レベルを上げている。サングラスを外し、スーツの内側のポケットに収めた。

「この場所のことを、ご存じですか?」

「いいえ、知りません」

「この坂は、通称『首狩り坂』と言いましてね。山頂には、大昔に首狩り場があったのです。処刑場ですね。その証拠に、現在では山頂に慰霊碑があります。『首狩り夜叉丸』も、この処刑場で、首を落とされ数日間晒されたそうです」

 そう言うことなのか。処刑された場所に留まっている地縛霊のような存在が、『首狩り夜叉丸』なのだろう。しかし、そう考えると、おかしな点が存在する。だって、僕達が遭遇した雑木林は、ここからかけ離れているのだから。そんなに自由自在に動き回れるものなのだろうか? 新海さんに尋ねると、彼は僕を見つめた。

「だからこそ、奇妙であり異常なのです。地縛霊がその場を離れたり、策を講じるなど考えられない。知性が発達することは、ありませんからね。やはり、何者かが手引きしていると考える方が自然です。ですから、私も若も警戒しているのです」

 策を講じるほどの知性がない。そう考えると、確かに違和感しかない。夜叉丸は、髪の毛グルグル男を餌にして、『もののけもの』をおびき寄せていたようにも見えたからだ。何よりも、自分が処刑された場所に拘束されているからこそ、地縛霊なのだからだ。地に縛られた霊なのだから。

 縛られる・・・縛ることができる者は、同時に解くこともできるのだろうか? 

「やはり、長縄の・・・」

「その先は、口にしない方が良いかと・・・染宮さんは、『歪屋』の人間なのですから、詮索はされない方が良い。あくまでも中立。目撃した事実だけを受け入れることです」

 新海さんは、スッと手を出して、僕の言葉を遮った。新海さんを見上げて、ゆっくりと頷いた。僕を見つめていた視線を周囲の警戒に戻し、新海さんは足音一つ立てずに歩いていく。今更ながら、銀将君と新海さんの足音がまるで聞こえないことに気が付いた、僕も注意をしているつもりなのだけど、首狩り坂には、一人分の足音が微かに鳴っていた。

 右へ左へと、小さく湾曲している坂を歩いていると、突然銀将君が小さく手を上げた。坂の先を見ると、鍵助さんが民家の陰から出てきた。

「もう、遅いですわあ! 待ちくたびれましたわあ! こんな気味悪い場所で一人ぼっちやと、寂しゅうて寂しゅうて・・・あ、時はんも一緒やったんですな? 新海はんのお守りつきとは、良いご身分でんなあ! まるで、どっかのお大臣はんみたいやわあ! ビップ待遇やつでんな? よっ! 大臣!」

「うるせえよ!」

 面倒くさそうに、銀将君が鍵助さんを押し出す。僕は苦笑いを浮かべることしかできなかった。鍵助さんは、一人で余程寂しかったのだろう。軽口がいつもより過ぎる。

「で? 状況は?」

「奴はんは、あちらですわ!」

 鍵助さんは、扇子を山頂に向けた。山頂の道路脇に立てられた巨大な石碑があり、その石碑を茫然と佇み見上げている人物がいた。その人物は、道路につきそうなほど長い白髪が印象的で、長い腕をダラリと垂れ下げていた。見間違う訳もない。あれは、夜叉丸だ。悪霊の『首狩り夜叉丸』だ。物思いにふけっているのだろうか、その後ろ姿はあまりにも無防備だ。地縛霊が物思いにふける? そんなこともあるのだろうか? そんな知性を持ち合わせているのだろうか?

「時! 新海の傍から離れるなよ? 新海は、不測の事態が発生した場合、即時離脱だ。鍵助ついてこい!」

「うん!」

「かしこまりました」

「はいな!」

 各々が、銀将君の指示に返事をする。

 銀将君が、猛然と駆け出した。その後を鍵助さんが、追随する。鍵助さんが、銀将君の頭上を飛び、夜叉丸も超えた。二人で挟み撃ちにするようだ。銀将君が地面を踏み切り、夜叉丸の左肩を蹴り上げた。夜叉丸が吹き飛ぶと、待ち構えていた鍵助さんが受け止めた。

「よっしゃあ! 観念しいやあ! 年貢の納め時やあ!」

 鍵助さんが、夜叉丸を背後から羽交い絞めにし、叫び声を上げた。

「抵抗したって、無駄やで・・・ん?」

 拘束された夜叉丸は、抵抗することはまるでなく、電池が切れた玩具のようにグッタリと項垂れていた。

「どういうことだよ?」

 銀将君は、華麗に舞い着地した後、その場で立ち尽くしていた。

「様子が変ですね? 染宮さん、我々も行ってみましょう?」

 新海さんが、僕を連れて、二人の元へと歩み寄る。僕達は、銀将君の横に立つと、抜け殻のように動かない夜叉丸が、地面に横たわっていた。

「銀将君? これは、どういうことなの?」

「さっぱり分からん。とにかく、こいつを拘束して、歪屋の所に帰るか」

 鍵助さんが、夜叉丸の手足を縛り上げ、肩に担いだ。

「まあまあ、一件落着っちゅうことで、良いんちゃいまっか?」

 鍵助さんは、ご気楽な感じで、胸元へと手を突っ込んだ。そして、勢い良く手を引き抜き、薄暗くなりつつある空へと手を突き上げた。

「チャラチャラッチャラー! ドコデモイケルカギィ!」

 場の空気をぶち壊しにするカギえもんの声が、辺りに響き渡る。皆の冷たい視線を無視して、鍵助さんは手近な民家へと不法侵入し、玄関扉を開いた。

「ほな、行きまひょ!」

 意気揚々と中に入る鍵助さんに、呆れた様子で銀将君が溜息を吐いた。

「新海、後は頼んだ」

「かしこまりました。若、お疲れ様でした」

 頭を掻きながら、扉に入る銀将君に続いて、僕も続く。扉の中は、玄常寺内にある歪屋家の玄関であった。背後を振り返ると、新海さんが深々と頭を下げており、僕も丁寧にお辞儀をした。新海さんにしても、九十九さんにしても、主に仕える方の礼儀礼節は、美しいほどに決まっている。見習わなくてはと、新海さんの姿を見つめ、ゆっくりと扉を閉めた。

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