第5話・ダンジョンオールドレディ




秋彼岸。そろそろ涼し気な風も吹き始める頃というのに、再び夏に逆戻りしたかのような昼日中の強い光の下、個人的なものとしては広く大きいのであろう一族の墓所に、日傘を肩に、白い花束を手向ける年配女性のシルエット。

こういう陽気を「老婦人の夏」と言うらしいです、お誂え向きに。


「死ね、ババア!」


声を出しながら老婦人ことわたくし(笑)に迫る暴漢。


日を受けて、ギラリと輝くナイフエッジ。


まあナイフエッジって言葉そのものは、ナイフの刃のように鋭く尖った稜線、

ナイフの刃のように鋭くてやせた山の尾根の形を意味するらしいですけれどね。


あと、聞き飽きたわ。

「ババア、ババアと、礼儀を知らない」


溜息を吐きながら、老婦人は軽やかなステップで、その身に向けられた鋭い刃先をかわす。


「なっ??」


大焦りする暴漢の若い男。

まあ、そうでしょうね。


おおかた、潤沢なダンジョン産のアーティファクトで防犯強化されている自宅を狙う頭など無くての、この場での犯行なのでしょうから。


浅墓だわ、墓地なだけに。

ふふふ…。自分のユーモアセンスに、日傘を持たない手の甲で口元を隠しながら、笑ってしまいますわ。


「な、なに、わらってやがる」

馬鹿にしやがって!

なんて、吠えているけど。



もうね、飽き飽きなのだもの。




わたくしの家は、代々続く旧家。

それなりに、歴史と名前を背負った家柄なのだけれど、当代の家の後を継ぐ本家直系は、女の私しか生まれなかったの。


親族間で色々と揉めた挙句に、選ばれた男と所帯を持ったのだけれど、

男の種が悪いのか、私の畑が悪いのか、生まれた子供達は、皆、育たなかった。

大人になった子も居たけれど、親よりも先に孫も残さず逝ってしまって。


取り残されたわたくし、もうこれは、ここで終わるべき時が来たのだわ、と思って覚悟を決めていましたのね。


それがねぇ、男の生理というのかしら、

わたくしは、それなりに夫を立てて、常に三歩後ろを歩くことを心掛けてきたというのに、どこが不満だったのか、夫は愛人を囲っていましたの。


それも、夫の葬儀の席に乗り込んで来て、

大勢の弔問のお客様が、いらっしゃる前だというのに、大きな声で、

「ワタシには、この家の財産を分けてもらう権利がある筈よ!!」ってね。


ヒトの目のある所では…と、場所を移しましょうと提案して差し上げたのだけれど、

「みんなに、聞いて、貰うんだからっ!!」と鼻息の荒い方で。


仕方ないので、

「そんな権利など無いですわよ」ときちんとお答えし、

夫は婿養子で、我が家に対して何の権限も持たないことを条件に婚姻したのだから、

夫個人の持ち物以外の財産を一切持たないと、丁寧に説明してあげたのに、

「うそよっ!」

頭っから信じてくださらない。


「だって、あのヒト、自分は名士だって、エライんだって、言ってたわ!

料亭に食事に誘われても、店の人も、エライ人達も、みんな、あのヒトに頭下げてた!!」


ああ、それはね、夫に、ではなく、わたくしの『家』への敬意でしょう。

その場にいた顧問弁護士が、きちんと対話を持ち掛けたのに、

「うそだうそだ」と繰り返すばかりの、愛人の女。


夫だった男は、余り趣味が宜しくなかったようね。

夫の愛人は、世間で言うところの『ぶりっ子』という性質の方のようで、あれもあどけないローティーンの少女ならばいざ知らず、ぶりっ子のマストアイドル聖子ちゃんがデビューした頃に同世代でした、みたいな年齢での、この言動ではね。


それと、葬儀の片付いた後から、古くからの顧問弁護士が呆れた口調で語ったところ、この時の自称愛人の名前は、わたくしと同じだったのですって。

本当に、呆れて声も出なかったわ。

わたくしと同じ名前を 乱暴に呼び捨てることで悦に入ってしまうほどの小者でしたのね、あの男は。


しかも似かよった理由の、わたくしと背格好が同じだの、面差しが近しいだので侍らせていた愛人の数が、両手を越えていたというのだから呆れ果ててしまう。

死因は腎虚ではなかった筈ですけれどね。


そう、夫がナニを仕出かそうと、わたくしは無関心。

家族を、大切に思っていた時期も、あったのだけれど。


行方不明の娘を探すわたくしに、あの男は無関心だったのですもの。

しかも……。



それからは、立派に作り過ぎて、経年劣化したものの、どう直して良いのか見当もつかない古い堤が、目を反らしていた傷んだところから、ボロボロと崩壊していくかのように、『家』は、その矜持を維持していくのが困難になっていくったわ。


まあ、もともと壊れていたものを 綺麗に包装して、さも立派なもので在り続けているかのように見せかけて来ていただけなのだから、それも道理というものね。


だけれど、そのハリボテな包装紙目掛けて、誘蛾灯に集まる羽虫のように、煩わしい者たちが次から次へと湧いてきましたの。


本当に、煩わしい。


そんなに、欲しいのかしら、この『家』が。


あの子は、この家の力のせいで……。




「馬鹿にしやがって! お前を殺って、俺が当主になるんだっ」

わたくしが刃を交わしながら回想に耽っているうちに、怒りが頂点に達した形相の暴漢が喚く。


「だから、あなたたちに、その資格は無いというのに」


この、一族代々の墓所で、一人になったわたくしを殺めようとしたのは、今、目の前に居るこの若い男で、何人目だったかしら。

数えるのも億劫になってしまったわ。


「俺の親父はお前の旦那の息子だったんだ、だから、この俺が直系だ」

わたくしが、溜め息交じりに漏らした否定の言葉に、刃をこちらに向けた若い男がいきり立って主張する。


まあ、でしたらあの男は、わたくしと婚姻した直後から浮気していましたのね。

呆れるわ。


そんなことはともかく、


「それが、間違いだと言うのです。

あなた方に何度も伝えましたけれど、夫は『家』の者ではありませんの」

会話をし、余所事を考えていても、脊椎反射で刺客を屠るわたくしの身体。

並列思考やら演算能力やらのスキルも関係しているようだけれど。


手にしたままの日傘をクルクルと回す。


「な、に、を…」

硬直した男の手から、握っていられなくなったナイフが地面へと落ちる。

「動けないでしょう。愚かね、あなたたちは皆、わたくしを追い詰めたつもりで、わたくしの手の中に入り込んで来るんですもの」


足元に転がった、夫の最初の愛人の孫だかと喚いていた若い男が、凶器のナイフと共に墓所の地面に吸い込まれて消える。


「ここはね、この世界で最初のダンジョンなのよ」

うふふふ…と口元にレースの手袋を纏った手をあてて嗤う。

傍らには、かつて亡くした我が子の面影を宿す、ダンジョンコア。



『我が家』は、代々この世界とは異なる世界からのものを呼び寄せる力を持つ者を当主としてきた一族。

異なる世界から呼び寄せられるものは、時に災いとなり、時に絶大なる富をもたらした。

表裏一体の危険な、それでいて貴重この上ない力を保つためだけに存続し続けて来た『家』。

そんなことも知らないで、この『家』に嫁げば豊かになれる、『家』と縁を繋げば幸福になれると思い込む愚かな者の多いこと。


わたくしで終るかと思われた力は、唯一の娘にも引き継がれてしまった。

そのことに気付いた夫は、娘の力を我が物にしようと企んで……。


結果、娘はその身体ごと異世界へと飛ばされてしまった。


娘の飛ばされた異世界では、異なる世界から呼び寄せした人間に宿る、その世界には無い力を利用するという非道な行いが罷り通っていたらしく、娘はソコで、何年もの間、人として、女として、最低な扱いを受け続け、挙句にその世界に沸いたダンジョンに、王族だか貴族だかの男たちの盾として引きずり出され、戦いの済んだコアの前で、もう必要ないからと嬲り殺されたという。


ただ男たちが願うより先に、死にゆく娘の「助けて…」という願いがコアへ届いた。


ダンジョンには、その存在としての理(ことわり)がある。

理を無くしては、存在出来ない。

その理に準じて、受け入れた願いを叶えるために、娘に願われたコアは界を越えて、わたくしの前に現れた。


助けてと願った者を、もう喪われてしまった者の願いをどう叶えれば良いのか。

娘の願いを、娘の記憶に入り込みすらしたコアから、彼女がどんな目に遭ってきたのかを知らされた。


わたくしは、戸惑うコアに、提案しましたの。

こちらの世界で、娘のように助けを求める女性の元にダンジョンを作り、増やし、力を付けなさいと。


そうして、この世界にダンジョンが生まれ、広がった。


女たちの嘆きが、悲しみが、辛さや苦しさが、全てダンジョンの、この、始まりのダンジョンの、力になる。


そのすべての力を被ったわたくしはもう、人ではないのかもしれないけれど。


それでも、ハハオヤとして、一人の女の矜持として。


勝手に異世界へ誘拐した娘を、気持ちの悪い異世界人と呼んで散々食いものにして使い潰した異世界を、わたくしは絶対に、許さない。


許せる筈がない。



「さあ、行きましょう。この世界の女たちの負の感情を携えて、全ての気持ちの悪い異世界を悉く潰し尽くすために」


最高に美しい笑みを浮かべた老婦人は、復讐へと、転移を遂げた。




                                   〈了〉

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ダンジョンレィディズ さじま @sajima5963

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