第4話・ダンジョンマダム
「もうヤダ、疲れた……」
足を引きずるように、ぎしぎし不穏な音を立てる古い、というよりオンボロな築60年越え改装したこと皆無の家の2階への階段を 腰が痛み過ぎるので、手をついて上がってゆく。
手摺りなんて存在しない、横木のたわんだ古い階段。
そろそろ一昔前になる大きな地震の際に、あちこち歪んでしまったのに、直してさえいない隙間だらけのオンボロ家。
側面の壁がトタンなので、西日を浴びる2階に夏場長時間篭ると、救急車一直線。
ホント、そこそこのお金があったはずなのに、なんで家の手直しをしなかったのか。
まあきっと、いい顔でお追従の上手い男性販売員に乗せられて、床に平積みにされていた、一人暮らしなのに団体客が泊まれる量の、値段だけ高級な布団とかになったんだろうなぁ……。
2年前の片付けの際に発覚した詐欺だよねコレ、な品物の数々を思い浮かべたおかげで、眩暈すら感じつつ階段を上る。
旦那の実家で姑との同居を始めて2年になろうとしているのに、同居当時、退職年令に達したからとリタイアした旦那は、未だ充分働ける年齢なのに再就職の兆しすら見せない。
高齢であちこち身体を悪くしたので同居して欲しいと姑が言い出した時、丁度子供たちも学業を卒業し、なんとか就職してくれた上に、それぞれ親元を離れた生活を始めて手が離れたところだったので、生来の面倒見の良さが悪い癖を出してしまった私は、万が一があったら旦那という息子がいるのにもかかわらず、独居で寂しく亡くなることになるなんて…、と、同居に頷いてしまった。すごく安易に頷いてしまったのだ。
空の巣症候群とかでもあったかもしれないけれど……。
後悔先に立たず。
姑は、「ワタシ生まれてこのかた、他人の悪口を言ったことも、意地悪したこともないの」とか真顔で、ご近所のゴシップネタを唾とばして語り切った直後に言い切るモンスターだし、長い中間管理職の間に顧客対応で土下座させられたりなんだりで、ずーっと仕事を辞めたかったらしい旦那は、すっかりニートになり果てた。
「今まで、子供たちのために頑張ったんだから、もう、いいだろ」
て台詞には、御苦労さまと言いたいけど、私との老後のためには、何もしたくないのよね。
因みに私は、旦那の実家に転居した直ぐから働いている。
介護福祉の資格と、これまで住んでいた地域で同じ仕事をしてきたスキルがあるから、パートで、名称としては時給制の非常勤職員として居住型の介護ホームで働くことになった。
私の方が、事務一本だった旦那よりアドバンテージがあったのは確かなんだけど、旦那は、失業保険手続き以降、ハローワークにすら行かないんだものね。
年金支給されるまで、あと5年もあるのにっ。
ネットでもキツイ仕事の話題に付きものの介護職は、従事している過半数の職員が、腰痛持ちです、いえマジで。
お年寄りは、元気な状態でないからこそ介護を頼むので、身体を支える、持ち上げるが、日常茶飯事。しかも、認知や身体疾患の進んでしまったお年寄りは、石の地蔵さまです。
しかもひとりふたりではないので……。
複数の地蔵さまの介助を続けると、介護する者の、腰も肩も肘も膝も腕も、壊れます。
介護ホームでの一回の、シフトでの拘束時間は、どこも大体10時間ほど。
建前で1時間お昼休憩がある筈なんだけど、ウチのホームに職員休憩室なんてないから、しっかりお昼ご飯を終えて寛いでいるお年寄り=ご利用者様と呼びます、の、目の前でお弁当広げるようになるんです。でもね、いつも助けてくれる自分より若い人を、ご飯食べてようが、呼ばわないお年寄りは、いません。休憩時間、ナニソレオイシイ? ですヨ。
ただし、休憩時間に働いても、時給なんて出ませーん。サービスサービス♪(乾いた笑い)
勿論無論に、サビザン当然。
管理のお金が勿体ないから、早目に出勤してタイムカード打刻前に建物周囲の掃除と草むしりしてね、ってくらいのもんです、
もうホームに住んだ方が早い、は、職員定番のブラックジョーク。
で、勤務時間終了後、ぼろっぼろの態でオンボロ家に帰宅すると、さんざん無理しないで作らないでお弁当買うので大丈夫です、って婉曲に断っているのに、「夕食を作ったのよ」褒めなさいと言外に微笑む姑。
作ってくださるのは、ありがたいんです。
台所が惨状でさえなかったら……。
以前は「町会の婦人部で活躍していたの」という姑は、半世紀越えた年齢の人間しかいない3人暮らしに、どこの炊き出しかって量の、煮物やら汁ものやら天ぷらを作る。作る。
マカロニサラダをマカロニ大袋一袋茹でて野菜色々足してマヨネーズ1本使う勢いで業務用特大ボールに作成する。くどいけれども、余り食べられない大人3人分です!!
そして、あと片付けは一切、全然、まったく、し・な・い!!!
狭くて古い台所の、シンクも大きな鍋もまな板も、汚れた油の入ったままのフライパンも、使った調味料も、こぼした小麦粉も、剥いた野菜くずも、食品の入っていたビニール、パッケージ、菜箸も、中途半端に出した食器類も、一切合切が、その、ま・ん・ま!!!
台所はいつも惨状。
同居当初は、お歳だから片付けが辛いのね、って思っていたら、大間違い。
旦那や長年のご近所さんの話によると、若い時から片付けられないヒトで、収拾が付かなくなったら渋々周りだけ空けましょってゴミを隅に追いやるだけの行為を 掃除と言い切るヒトだったそう。
亡くなった舅のことを 怒ってばかりいた人、って愚痴っていたけど、疲れて帰った我が家が専業であるはずの主婦の手によって惨状にされてたんじゃ、そりゃあ怒りもするわよ。
実際、同居当初の台所の換気扇なんて、ものすごく大量にこびり付き過ぎた油汚れの重さで、回らなかったほどだから。
でももうね、言ったって仕方ないの。
疲れて帰って、喧嘩なんかしたら、私が倒れちゃうの。
何事も、ヒトを変えるより自分がやった方が早いのよ。
この場合ホントに、ただただ悪循環なんだけどね。
なんとか夕ご飯を済ませて、もう体力なんて欠片も残ってないから、気力の残りを振り絞って、台所を片づけて、ふらふらと自分の部屋へ向かう。
姑が一人暮らしの時は、大きくもない家を更に狭める勢いで、姑自身が使う部屋以外は、全くの物置と化していたので、同居してから私が片付けて、なんとか2か月かけて一階に旦那の居住スペースを作った。
てか、姑本人の部屋ですら、ベッドの上にまで着ない服の山が出来ていて、眠れる場所すらないからって、居間の床に毛布敷いて転がっていましたから。
次の2ヶ月で姑の部屋を普通に人の住める場所にして、
残った2階が、もうね、屋根裏から野良猫が入って巣作りしていたとかで酷い有様で。
同居当初で、猫は既にいなかったんだけど、ホント、後の清掃が大変で。
人が住んでいる家なのに、土足でないと、とても上がれない状態って言えば伝わるかしら。
文句言いまくる姑いなしながら、駄目になっている無駄物品の数々を 清掃局にお願してゴミに出して、震災以来放置だったという、野良猫の侵入経路で雨漏りのしていた屋根も、やっとこ見つけた親切な建築屋さんに依頼して直してもらって、掃除して、掃除して、掃除して……、なんとかかんとか、それでもなお、姑が捨てるのを拒んだ数々の物のおかげで、大変に、狭いながらもっ、自分の居場所になった2階の部屋は、マイオアシス。
旦那も姑も無理解な、ネットもゲームも漫画もアニメ視聴も自由に出来るんだから。
てかもう、出来る環境にするために、頑張ったのよ。
そのためだけに、頑張れる!
これでも、ネット黎明期ねらーだからねっ。
ほとんど見る専なんだけどwww
あああー明日も朝から職場の介護ホームの庭の草むしりか。あの一面の雑草強大過ぎる。
雑草つよい勝てない、無理。
今日はもう早く寝ないと。部屋に湿布薬の買い置きあったかなぁ。
お風呂に入りたいけど、姑が入ったばかりだから1時間は出ないし、旦那がその後に入るんだろうし、てか、あの人たち、なんで私が仕事してる時間に先に入っておかないの?
ばかなのしぬの。
ようやく2階に到着した。
ええ、こんなに長々語るほど体力も気力もカスカスなので時間が掛ったのよ。
今のライフは虫けらレベルよ、ほっといてよ。
あれぇ? なんか暗いな。
もう夜9時過ぎてるし、まだ電気を点けてないんだから、暗いのは当たり前なんだけど、
コレは違うでしょ。何この暗闇感。
いつもなら和風の古い吊り下げ蛍光灯の、スイッチ紐の下がっていると思しき位置に手を伸ばして、明確にそこにいるナニかの気配を感じて、
びくっとなると同時に、
限界までの疲れが、
この上、私をどんな目に遭わせる気なのよ!
と沸点振り切れて転換された怒りが、
ムラムラと湧いてきた。
なんで私がこんなに大変なの?
なんで私がこんなに疲れてるの?
なんで私がこんな目に遭おうとしているの?!!
「…ふっざけんな! このやろ!
こちとら、
もうやめて、私のライフはゼロよ!
状態なんだっつ!!!」
ぶち切れなのか、逆キレなのか、
手にした、震災以来、持ってると便利なものを詰め込む癖の付いた私の、
大変に、重たい仕事カバンを
ナニかの気配のもとに、
力一杯、振り下ろす!
ぷちっと、ナニかが潰れて、視界が急に明るくなった。
大草原、草生える~~。
て、ナニコレ一面の雑草なんだけど、ホント、ふざけんな。
「ここは、私の部屋だっ! 元に戻せ」
布団も、机も、パソコンも、テレビも、全部返せっ!
怒鳴った途端に、頭の中に声が聞こえてきた。
『ダンジョン初入場者特権により一面の雑草=ラスボス発生しました』
『ダンジョン命名者特権により、一面の雑草=ラスボスが駆逐されました』
『ダンジョン「私の部屋」初回クリア特権により、願いがひとつ叶います』
『ダンジョン初討伐者特権により……』
はあ?????
ダンジョンて、あのダンジョン?
気が付くと、いつもの自分の部屋で、
ただ、姑のカモられたとしか言いようのない高級(笑)布団をぎっちり押し込んでた筈の押入れの開け放たれた襖の向こうが、
綺麗な水を湛えた泉を囲む、緑豊かな森の光景になっていて…。
「わー、ファンタジー……(棒)」
朝の空気を吸って、今朝も私は仕事に向かう。まあ最近は体力も付いてきたから、前ほど苦になることが減ってきたかな。
レベリングの恩恵ってすごいよね。
しかも、ダンジョン初討伐者特権とかで、普通の3倍速くレベルが上がるのよ。
もう愛車を赤く塗らないと(笑)。
オンボロ我が家は、見かけはオンボロのまんまですが、中は大改造されました。
だって、ダンジョン名づけ特権で、レイアウト出来ちゃうんだもの。
するでしょ。お風呂を広く快適にとか、トイレを最新式で綺麗にとか、台所を広く使い易いキッチンに~とか。
廊下も階段も軋まないし、内壁も塗り直して、快適~♪
あと、スライムとかのダンジョンモンスターを自走式床掃除機代わりに採用したので、姑がいくら散らかそうと、もう大丈夫だ、問題ない、です。
壁と天井まで、死角なしの埃無し。
姑自体がモンスターからダンジョンモンスターにランクアップですよね~なんちゃって。
最初、余りの事態に泡食ってた姑も、虫退治感覚で、そこいらのダンジョンモンスターをぷちっと、やっちゃう度に体調は良くなるし、退治したモンスターからドロップした物品を換金してお小遣い稼ぎが出来るので、ニッコニコです。
旦那も、最近体力がついて気力も上がってきたので、引きこもりを卒業してくれそうです。
もっぱら、他所のダンジョン討伐の単発アルバイトにいそしんでいます。
そこいらの人たちよりもレベルが遥かに上なので、劣等感皆無で探索者の仲間入り出来たのが良かったみたい。
入るだけで強くなるダンジョンに、住んじゃっているんだから、当然かな(笑)。
でもほんと、男って、プライドの生き物よね~~。
旦那が働いてなかった時、散々同僚から、
「離婚しちゃえば~」とか
「まだまだ再婚狙える年じゃない~」とか言われてたけど、
長年家族としてチーム組んでた情ってのがあってね~。無論、姑に対してもね。
これはもう、私の性格だから、仕方ないわね。
あとはもう、これ以上改めて夫と言う名の他所の息子、育てたくない。
正直本音で面倒くさい。
さてさて2階から発生したダンジョン、『私の部屋』は、1階と玄関先と車庫スペースと庭と、家の門までの敷地全ての規模になりました。
見た目小っちゃい家なんだけど、ダンジョンレイアウトで、どうにでも出来るの。
異空間、万歳♪
因みに初回入場時点の私の最弱っぷりにより、ウチには、絶対に人間を倒せないスライムとなんか弱い草と虫のモンスターしか、出ません。
あと、ダンジョン内は外と時間の流れが違うみたいだったので、お願いを使って同じにしてもらいました。
そうそう、ダンジョン初回クリアの特権を使った、私のお願いは、
『毎日一回お願いを聞いてくれる泉が欲しい』です。
大人はね、ずるいんですよ(ΦωΦ)ふふふ・・・・
まあでも、この年になると欲しいものも大してないから、保険みたいなもんですかね。
こころの余裕、大事~♪
ただいま素敵なダンジョン同居生活、邁進中です!(全開笑顔)
「行って、来まぁーす」
私は今日も元気に、ダンジョンから、出勤しま~す♪
〈了〉
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