第3話・ダンジョンママ




「たっちゃん、ママ、頑張るからね~~っ」

抱っこ紐で、しっかり我が身に固定した生後6か月の我が子に語り掛けながら、自分に言い聞かせる。

「なにが、なん、でもっ、お姉ちゃんの帰宅時間までにはウチに帰るわよぉ~~~」

薄暗い回廊を 布団叩きを握りしめて進む。



少子化を謳われる昨今、上の子が小学中学年になってやっとこ、一人娘だったお姉ちゃんのモモちゃん共々、待ちに待った下の子ちゃんを授かった。

既にママは、アラフォーに限りなく近づいた年齢だったけど、頑張りました。



出産を機に職場も休んでいるし、てか田舎ならではの、ゆる~い職場は、保育園決まるまで休んでもいいよ~と。

いやそこまで休むと、この子たちの将来の学費とかが稼げないからね。


パパも頑張ってくれているんだけど、なにせ田舎の郊外といえども、新築一戸建てローン抱えているからね~。

お互い次男次女の夫婦だから、長女が生まれた時、この子の故郷を作ろう、って張り切っちゃったのよ~。

後悔はしてないわ。反省点はあるけどねっ。



だから、ほんわかお天気の良い今日は、すくすく育ってくれる良い子で天使なウチの子と二人で、のんびりお布団干しながら、日向ぼっこしようかぁ~って、お庭にいたの。



子どもたちが怪我をしないようにって、張り切ってパパが植えてくれた芝生の上に、しゃがんで、地面の温度を確かめてから、たっちゃんを下ろす。

お座りが、とっても上手なのよ~。


しっかり見守りながら、家の軒下の隅っこに立掛けてあった布団干しスタンドを広げて、家族みんなのお布団を、どっこいしょ~と干していく。


お日様の匂いでいっぱいになったら、きっと良く眠れるわよ~。


今日のお昼はなんにしようかなぁ~。

おやつは、買っておいたカステラに、チョコのお菓子とホイップクリームを飾った、なんちゃってケーキにしようかなぁ。

あ、飾り付けは、モモちゃんにやってもらおう。

あの子センスがあるから、きっと可愛く飾ってくれるわ~。



「ね~、たっちゃん」もそう思うよね……て!!!



あまり大きくはないお庭なんだけど、子ども優先。

何にも置かないで遊べるようにしてる。

暑い日にはママも一緒に入れちゃうサイズの、ちょっと大きめのビニールプールを置いたりするからね。


で、この度、お姉ちゃんになったモモちゃんのために、あと男の子なら秘密基地! とかいう謎のこだわりの下、パパが休日返上で、お庭DIY。


なんと子どもサイズの小屋を建てました。


周囲畳二畳弱あるかな? 程の子ども小屋。

ちゃんと入り口の扉の前に、子ども段差2段のアプローチがあるんだけど、ハイハイでそこに辿り着いたらしき、たっちゃんが、段差にしがみ付いてた。



「あ~ららら、まって、たっちゃんに、タッチはまだはやいはやい」


ちがう違う、そうじゃないでしょ、混乱中。


だって、たっちゃん至近のパパのDIY子ども小屋の扉がいつの間にか開いていて、中に見えるのが、手作り子供サイズ家具、なんかでなく、暗雲渦巻く謎の暗闇。

大混乱よ~~、DIYなだけに。


じゃないのよっ!


「たっちゃん、危ない」近づかないで~~


大慌てで、取るもの取り敢えず、じゃなく、パニックの余り、そこいらのモノ引っ掴みまくって、黒い渦まきに飲みこみ掛けてる我が子に飛びついた。



暗転。

飲み込まれたから、吞天? あ、違うか。



気が付いたら、周りに色々と散らばせて、たっちゃんを抱き締めて、薄暗い通路に居た。



お庭でハイキング~とか言って、マザーズリュック持って出て良かった。

「オムツよ~し、スパウトよ~し、赤ちゃんおせんべいよ~し」

タオルとか、おしりふきとか、一通り短時間の外出用品は揃っていた。


「ひと安心~」


あとは、大事なたっちゃんの抱っこ紐と、何故か握ってた布団叩き。

足元は、ひと回り年上の従兄姉たちが便所サンダルと呼ぶクロ◯クス。

結構便利なのよ、厚みはあるし、バックストラップが付いてるし。


従兄姉の通っていた時代の小学校には古い木造校舎が残ってて、ソコのお便所床はコンクリ打ちっぱなし、歩く場所だけ簀の子が敷いてあって、お掃除は床に水ザーザーかけてデッキブラシでゴシゴシ~みたいなトコだったんだって。

そりゃあ、スリッパじゃなくて、サンダルになるよね。



て、現実逃避は、ここまでよ。



恐らくここは、今、巷で話題のダンジョンよ、ね?


なんかこー、入ってきた場所も分からなくなっているから、すごく困るわ。

でも、前にママ友の坂田さんが言っていたのが正しければ、こーゆーパターンの出来立てダンジョンは、まだワンフロアしかないから、速やかにダンジョンコアってのを探し出して叩き壊せば脱出出来るのよ!


いや、可及的速やかに脱出しないと。


喜んではいたけど、下の子が生まれてちょっぴり赤ちゃん返りしてるお姉ちゃんに無断で居なくなったりなんて、出来ないわ!



絶っ対、に! 帰らないと!!

はい! ここで冒頭になります。




目の前に立ち塞がる、大仰な扉。

なんか見覚えがある感じの。


さてと、ここに来るまでに色々あったわ~てか、殺ったわ~。

なんかね、虫ばっかりだったんですけど。

田舎の庭付き戸建てで子育てしているママを舐めないでほしいわっ。

虫で悲鳴なんか上げないわ~。

子どもに何かあったら大変だから、虫なんても~、見・即・斬。だわ。

得物が布団叩きだから、斬じゃなくて、打、かしらね。



おんぶも出来るけど、万が一、背後を取られたら大変じゃ済まないから、抱っこ紐を再確認。


で、なんやかんやでステータスがオープン出来ちゃいました。

なんか、ダンジョンて、初入場特典があったのねぇ。

因みに、特典が付いたのは、ウチのたっちゃんの方です。

ママだからなのか、パーティ認定されているからなのか、覗けてしまったたっちゃんのステータスに、『初入場特典者』の金文字と解説。

なんでもね、特典者の年齢能力に合わせたモンスターしか出ないんですって。


てか、これ便利ねぇ。子どものステータス見れたら、健康管理ばっちりじゃない?

勿論、乳幼児期を終えたらプライベートだから見えなくても良いけど。



「さあ~て、ママ、頑張るからね~~」



「押し通~~~るぅっ」

とジブ◯な台詞で一見重たげな扉を開くと、



プルプルふるえる、子犬が、居た。



「わーわ」

たっちゃんが、喜んでモミジのお手てを そちらへ伸ばす。



「わー。わーわ、だ、ねぇ?」


困惑。

責任者を出せ。



何もしてこないので、観察していたら、子犬自身も、どうやら困惑している様子。

えと、たっちゃん、ごめんね、もう一回ステータス見せてね。



初入場者特典の項。

『ダンジョンモンスターの強弱は、初入場者の、入場時点での年齢や身体能力に起因する。

ダンジョンコア=ラスボスは、初入場者の入場時の知識記憶の中から、同族ではない最も強大な生物をモデルに形成される』



「はい~?」



いや、納得は出来るよ? ここまでの虫たち、ホントに弱かったからねっ。

テレビすら興味があやふやな、6か月のたっちゃんの見たことのある大きな生き物って、私の従兄が「元気か~ウチも生まれたぞ~~」って見せに来てくれた子犬くらいだって。



いやでも、ダンジョンて、なんなんだろう、ホント。



あーでも、無理。

ごめんなさい。

虫は倒せても、子犬は倒せない。異論は認めるけどねぇ。



「あのね、あなたのこと倒せるんだけど、倒せそうにないから、元の場所にだけ、帰してくれないかなぁ~」



しゃがんで、わんこと目を合わせて、お願いしてみる。


くう~~ん。


わんこの困惑顔が、あんまり可愛くて、ついつい、もふる。


すごい触り心地の良い毛並みに、調子に乗って、もふりまくっていると、

子犬はコロリとお腹を見せて寝転がった。



ポ~ン

『ダンジョンクリアしました。初回クリア特典として、願いがひとつ叶います』


「わーわ」


何故かクリア告知の謎音声に答えるように、たっちゃんが子犬へ手を伸ばす。



『初回クリア特典、ダンジョンコアの飼い主になる。受理しました。

これより、ダンジョン入口へ帰還していただきます』



え?

と言う間に、ご帰還です。

ぽかぽかお天気、緑の芝生。

抱っこ紐ですやすや眠ってしまった我が子。

子どもたちとの庭遊びに便利なように軒下に下げてある時計は、まだ布団を干した直後の、午前中。

夢かな? を裏切る足元の可愛い子犬。

と変わらずに暗闇渦巻いてる子ども小屋の入り口。



「ダンジョンの中って、時空が変なのね…」



取り敢えず、スマホ取り出し、お仕事中にごめんなさい~~とパパにご連絡。

家族間でも報・連・相、大事!


話を聞いたパパが、大急ぎで連絡してくれたダンジョン管理機構という、ダンジョンの問題を一手に引き受けるお役所の人と、ソコのダンジョン調査員の人達を引き連れて、お昼には帰宅。



初回入場特典は、関係者には知られた事柄だったようで、みなさん一様に

「6か月児……」

「……6か月児、ですか……」

多分、ないわ~~な言葉を飲み込んでいらした。



で、初回入場特典者のたっちゃんと、ダンジョンコアの子犬と、ママとパパと、ダンジョン管理機構の人達で、子ども小屋のダンジョンの中に入ったけど、冷静になったら大人なら全然無視しても進めちゃうレベルの虫しか出ないし、即ボス部屋到着。


ママは初ダンジョンの右も左も分からないし、たっちゃん守らなきゃだし、必死だったんだけど、ベテランのダンジョン調査員さんたちにとっては、なにこれ~? よね。



「これ、俺の作った扉だ」とパパ。


あ~ボス部屋の扉、どっかで見たと思ったら、子ども小屋の入り口だわ。

よく見たら、ボス部屋も空間の広がっただけの、パパのDIY作品。



帰還だって、戦わなくても、

「元の場所に帰してね」

て子犬にお願いするだけで、お庭に戻れちゃう仕様だし。




「結論として、申し訳ありませんが、お宅のダンジョンは、ダンジョンとしての有益さも有害さも有り得ないということで、管理機構に登録だけする形の個人所有となります」


本当に申し訳なさそうな、ダンジョン管理機構のお役人さん。

なんかね、ダンジョン発見=儲かるって情報が蔓延しているせいか、登録してレンタル料で儲けようとか、権利を転売するダンジョン転がしみたいな団体も出て来て、お役所のダンジョンレベル認定に、ごねられることもあるんだそうよ。


より危険でレベルが高い方が、資源が豊富なんだって。


因みにウチの子ども小屋のダンジョンは、限りなく安全過ぎる方の、こんなんどーするレベル、正に子どもの遊び場にしかならない感じ。


つまりは、ごめんね~一応登録するけど、全くお金になりませんよ、諦めてお庭で個人管理しといてね。…と、いうこと。


いえいえ我が家としては、ダンジョンを理由に、お家がお役所お取り上げになったり、封鎖されたりしなくて、良かった良かった。

危険なダンジョンと認定されたら、それなりだけのお金でお家ごと、下手したらご近所一帯が封鎖の憂き目にあっちゃうからね~。



帰って行くダンジョン管理機構の人たちを笑顔で見送って、そろそろ、おやつの用意をしとかないと。パパとママの遅いお昼ご飯もね。




帰宅した娘は大喜びで、自分も~と、家族で改めて入ったダンジョンで、子犬にコアと名付け、子ども小屋のダンジョンに「おもちゃばこ」と命名しました。


ところ、娘のステータスに、

『ダンジョン、初命名者。特典として、ダンジョンのレイアウトの方向性に指示が出せます』



「「はいぃ~~~??」」



パパと二人で点目になっている間に、娘はスラスラ物怖じすらせずに、

「虫やだぁ、チョウチョの羽根の妖精さんにして。

あと、暗いのは良くないのよ。明るくて、お花がいっぱいのお姫様のお城みたいにして」


そう、なりました。




我が家の庭には現在、天使な子どもたちと可愛い子犬が戯れる、大変無害でメルヘンなダンジョンがあります。


情操教育ダンジョン「おもちゃばこ」。

お近くにいらした際には足をお運びくださいませ~。




〈了〉

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