第2話・ダンジョンレディ




「なあ、キミだって、ホントは好きなんだろう」

俯いた前髪に、ハアハアとオトコの熱い息が掛かる。


嫌も嫌よも好きのウチとか、好きな子だからつい虐めちゃうとか、最初に言い出した奴を性別が分からなくなるくらい殴る蹴るしてマスメディアとSNSに晒してから磔て火炙りにしてやりたい。



幼い頃から小綺麗な子どもだった。

身体が余り丈夫ではなく、少々過保護に守られて育ったからか、引っ込み思案。

「空気読んで」「いつも笑顔で」「みんなと仲良くね」

何気ない声掛けが幾度も繰り返されて、胸の底に溜まり淀んで、呪縛のように言動を縛られる。けれども、心の中までそんなんじゃない。


そんな、どこにでもいる、普通の女。



小学校の帰り道に勝手に見初めて、勝手に待ち伏せて、勝手に付きまとって、通報されて捕まったオトコが、大人しいから大丈夫、この子ならバレない、拒絶しはしないと思ったのにと喚いていた。

あとワタシの発育が良くて早々に大きくなった胸部を虐めのネタにしたり、やたら触ろうとしたマセガキ男子ども。



不能になれ!



中学校で思春期の男子数名に囲まれて

「こいつがキミを好きなんだって」と集団の壁の中で告白された。

小柄なワタシは、既にオトコの臭いをさせる男子たちに、いきなり取り囲まれた恐怖で悲鳴を上げて逃げ出した。

帰宅して話を聞いてくれた両親と憤慨した女友達が教師に訴えて、男子の集団は注意されたんだけど、一部のセンセイからの「もてて良かったな」という揶揄いや、何故かオトコの肩を持つのがイイオンナだと信奉する系女子に「ひどーい、○○くん可哀想~~」となじられたことに閉口した。



はげろ! 毛根から滅亡しろ!



高校生になって、通学電車で、やたらめったら痴漢にあうようになった。

「しょーがないよ、あんた美味しそうな身体してるもん」

クラスメイトのギャル系女子はそう言いながらも、時間を合わせて同じ電車に乗ってくれた。

曰く「悪いことする奴は発覚するのが怖いんだよ、だから証拠を残さないように、泣き寝入りしそうな、逆らわなさそうな子を狙うわけ。派手な格好は、女の子の防具なんだからね」

物凄く納得出来たので、両親と女性教員を味方につけて、平日は派手メイクで通した。

痴漢にはあわなくなったけど、校内の下半身オトコやらアホセンセイに目を付けられ、今度はアタシオトナシイノ女子に、「お化粧とか早くない? 男に媚売っちゃって~」とか言われた。

男は敷居を跨げば七人の敵あり、とかいう諺があるけど、敵の数では女の方が断然多いと思う。



腐り落ちて、もげろ!



社会人になってからは件のメイクも大人らしく落ち着いたものに変えた。


大学生の時には、積もりに積もった男性への苦手意識を克服しようと彼氏を作った。

それなりに良い感じだと思ったのに、「好きなら抱かせて」ときたもんだ。

ナニソレ、と即効で冷めた。


コレの何が駄目なのかは、分かる人にはわかるが分からない人には分からない永遠の命題となるだろう。


しかし、新入社員時、会社で誘われた合コンで易々とお持ち帰りを狙われて、流石に不味い、と思い知った。

当時両親を事故で亡くし寂しかったところに付け込まれたってのがもう、はらわたが煮えくり返るほど無理だった。


異性付き合いのスキルが低すぎるのだろう。


最近なにかと話題のダンジョンに探索に入ったとしても、この経験値は身に付くまい。


経験は宝だ、と、取り敢えず同期と付き合い覚悟を決めて同衾したら、翌日から「俺の女」扱い。挙句にワタシの両親が残してくれた遺産を我が物のように将来設計とか言い始めたので、言動全てを社内に周知させて、別れた。


煩い親の居ない家持ち遺産有りの、一人暮らしの若い女。

逆玉ウマウマですか? はいソウデスカ!

ホント幼少時から見た目が大人し気に見えるからって、ちょろいと思われ過ぎ、ハラタツ。

あとデカ胸とややふっくら体型が甘やかしてくれそうなんだと、勝手に夢見んな!


相も変わらず懲りずにセクハラかましたり、もう処女じゃないからハードル下がったよね、とか夜のお誘いしてくる奴ら、まとめて



「消・え・ろ!!」



重い花粉症で体調の悪い私を 家に送るの態で玄関先に押し倒して、抵抗してるのに無理やり突っ込んできた取引先の強姦魔が、消・え・た………。


消えてしまった。



いつからだろう。


そういえば最近出席した小学校の同窓会で、不能で悩んでる奴らがいた。

中学校の同窓会は、若ハゲの話題が深刻に語られていた。

高校の同窓会は、姿すら出さない奴らがいた。



あれ?


別れた彼氏も、あれだけ後ろ指刺されても会社を辞めなかったのに、このところずっと無断欠勤していると聞いた。

そいつだけでなく、セクハラ野郎がこぞって……。

一攫千金狙って、全くの素人なのにダンジョン探索に入って、そのまま消えてしまう人が後を絶たない昨今、失踪者は全然珍しくもないから、気にも留めていなかったんだけど、これって、まさかの、もしかして…………。



通勤鞄を漁って、恐る恐る、自分の股間を携帯用手鏡で確かめる。

だって、普通に暮らしていたら、こんなトコ滅多に見ないんだから。

なんか最近生理ないわ、ストレスかな? でも無いと楽で良いわ~くらいの認識だった。



ナンカ、ナゾノクウカンガ、ウズマイテタ



「見なかったことにしましょう」

鏡を伏せて、その場に残っていた強姦魔の遺留品を視界に入れながら、

「消えて」

呟くが早いか、シュッと音もなく消え失せた。

一瞬だけ膣内がヒュンてしたけど、それだけ。


気を取り直して、グシャグシャになってしまっているスーツを脱いで、シャワーを浴びていると、ポーンと軽快な電子音が脳内に響いた。



『ダンジョンレベルがあがりました』




                                〈了〉

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