ダンジョンレィディズ

さじま

第1話・ダンジョンガール




以前好きだったものは、コンコンと頼りない合板のドアをノックする音。

アタシの上に重たく伸し掛かるオトコが、慌てて取り繕うから。


日常の、笑顔の仮面を取り戻せるから。



余談だけどドアノックの回数には国際標準マナーがあるんだって。

2回はトイレまたは清掃しますの合図。

3回は親しい間柄の友人知人を訪ねる時。

4回が国際標準マナー、フォーマルルールー。


まあ、日本人には馴染みがないから、実行する際はコンコン…チョイ間…コンコンくらいに誤魔化したほうが使い易いらしいよ。

あと、昔、近所に住んでた母方の叔母さんが貸してくれた漫画に、コココ・コーンて運命って曲の冒頭みたいに叩くってハナシがあったっけ。


アタシもナニか変わらないかなって、しばらく運命叩き←でもこれ4回だからマナー的にもオッケでしょ? してた。


ナニも変わらなかったけどね。



ダンジョンが日本に湧いたんだって。

日本だけじゃなくて世界中に。


最初は怖いモノ、近寄ってはいけないモノ、だったのに、段々みんな慣れちゃった。

アタシたちはみんなソウなんだな、ってホント思った。


怖いコトも、嫌なコトも、日常なら、慣れて、生きていく他、無いんだから。



その内に、社会は、ダンジョンに利益を求めだした。

そこにあるんだから役に立て、って、やっぱり大人の考え方は一緒なんだな、って

思った。


ダンジョンに入るだけで強くなるんだって。

なんだっけ、陸上の選手とかが、ワザと空気の薄い山で走り込みするみたいに、ダンジョンの環境が、人間を造り変えるんだって。


あと、ダンジョンモンスターとか呼ぶことに決まった、ダンジョン内の生き物を殺すと、レベルが上がるんだって。死体は消えちゃうんだって。ダンジョンでしか手に入らない特殊なモノも手に入れられるんだって。


レベルが上がった人達は、体力が普通の何倍も付いて、若返ったりもしちゃうらしいよ。


だから、ある程度の安全な探索が保証された途端に、エライヒトが争ってダンジョンに潜る探索者になっていった。

そうなると、ダンジョンは国や企業の管轄になっていったみたい。

入場料とか取るし、ダンジョンで手に入れたダンジョンアイテムを換金してくれたりするんだってね。


遊園地並みに存在してるから、どこそこのダンジョンは安全でお得だよ、とか楽しいよ、とかゲーセン行くみたいにトモダチに誘われたりしたけど、ウチはお父さんが厳しいからソコへはいけない。いったことがない。



「無登録の野良ダンジョンの探索者も、いるんだよ」

「お嬢ちゃん、お家の人は?」



お母さんはね、もういないの。叔母ちゃんも、もういないの。

お父さんはね、ダンジョンに普通の人が入れるようになったら、直ぐ探索者になったよ。


お母さんも叔母ちゃんも連れていった。


会社でエライヒトに付き合って入ってたから、楽々トップランカーになったって、オレは、やはり周りの奴らとは違うんだって。

立場上、他人より早くダンジョンを経験出来たアドバンテージと、コネで手に入れた立派な武器防具揃えて自信満々。


レベルアップして体力付いたこと自慢されたけど、すごく大変で面倒だった。

三人まとめて面倒見るとかハーレム気取りだったけど、その三人ともに心の中で見下されてたことにも気付かないで腰振ってた。アタシまで殺されそうだった。



「ナニ言ってんだ、この娘」

「ここのマンションのこの部屋から、ダンジョン反応が出てるんだよ」



ダンジョンて、元々は地下牢のことなんだって、知ってた?

ゲームで迷宮を伴う異空間みたいに定義されたらしいけど、迷宮ならラビリンスだよね。

ミノタウロスとか閉じ込めちゃうの。


ここは、アタシの牢獄。閉じ込められてるのは、アタシ。

最初は止めてくれてたのに、アタシが他所の人にナニも言わないように監視する看守になっていった、お母さん。アタシの前の囚人でアタシが逃げ出さない様に見張る世話係が、叔母ちゃん。アタシを好きにするのが権利だと言う拷問係のオトコが、お父さん。


社会的地位が高くて人当たりの良い、世間に疑われずにウチの中を地獄に落とし込める、鬼畜生。


しかも、この拷問係、痛くないだろ気持ちいいだろ、オマエもスキだろ、オマエが誘ったんだろとか、感情も言動も強要してくるクズで、おまけに若くないのはいらないんだって外のダンジョンに処分してくるカス。



「女の子一人なら、やっちまおうぜ」

「こんなレアな野良ダンジョン、発見しただけでも、一儲けじゃないか」

「まだ秘密だぞ、どこに売りつけたら良いか、ケントウするんだ」



コンコンて玄関のドアをおざなりに叩いて不法侵入して来た男たちが、自作だと自慢しながら示す計器を振りかざして五月蠅い。

ここは、公衆トイレじゃありません。

モニターで観てる途中だった映画の内容、忘れちゃうじゃない。

寒い冬の日に暖かいお部屋で、お気に入りのアイスクリーム食べながら観るのが、最高なのに。


アタシは慣れた地獄の底で手に入れた、アタシだけの呪文を唱える。



「みんな消えちゃえ」



部屋が溶ける、アタシの寝転がるベッドも、お気に入りの縫いぐるみも、お母さん自慢のお高い食器を飾ってあるキッチンも、お父さんのトロフィーも書斎も応接間もリビングも、全部全部、不法侵入の男たちと全部、日常に擬態していた全てが、異空間の空気に溶ける。



はースッキリした。

瞬く間に元通りになったヒトリの部屋で、ナニゴトも無かったかのように、映画の続きを観始める。



「あ、ダンジョンレベル上がってる」




〈了〉

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