途方もない時間

<トレア>を捜し求める魔王による蹂躙は、もはや人知を超えた<災害>そのものだった。人間の力ではどうすることもできない。


魔王の進路上にある街や村の人々は、家を捨て、畑を捨て、魔王と魔素の影響が及ばないところまで避難し、とにかく災害が過ぎ去るのを待つしかなかった。


そんな人々の中に、ティコナによく似た女の子の姿もあった。


「お母さん! おかあさーん!!」


遠く離れた山の上から魔王によって踏みにじられていく村に向かって、女の子は叫んでいた。


村に母親が取り残されているというのではなく、幼い頃に病気で亡くなった母親との思い出が残された自身の家が成す術なく圧し潰されていく光景に、たまらず声を上げてしまったようだった。


その姿に、リセイも覚えがあった。彼がまだ幼かった頃、テレビの中で<真っ黒な水の塊>が何もかもを圧し流し、何人もの人が泣き叫んだりしていたのが思い出された。多くの人々の記憶に今も残る大災害の映像だ。他のことはほとんど忘れているものの、子供心にも相当ショックだったのだろう。焼き付くようにして残ってしまったようだ。それと同じだと思った。


大切な人を当てもなく捜し求める魔王も、その魔王によって大切な家も暮らしも思い出も踏み潰されていく人々のことも、悲しかった。


なのに、何もできない自分が情けなかった。


悔しかった。


と、そんなリセイの視線の先で、魔王の前に立ちふさがる影があった。


「え……?」


人…ではなかった。全身を毛に覆われた姿。


<魔人>だ。魔王が放つ魔素によって魔物化した誰かが立ち塞がったのだ。もしかしたら、リセイと共にいるこの少女のように、辛うじて人間だった頃の記憶が残っている者だったのかもしれない。


「があああああああっっ!!」


魔人は雄叫びを上げ、魔王と、魔王を取り囲む魔獣に挑みかかった。


もっとも、まるで歯が立たなかったが。


魔獣相手ですらさすがに多勢に無勢で、魔王に届くことさえなかったのだ。


「ああ……」


リセイが悲しげに声を上げる。


しかし、それで終わりではなかった。その後も次々と<魔人>が挑みかかり、しかも時には<魔獣>を従えたり、さらには、<人間の戦士>とも一緒に挑んだりもした。


何度も、何度も、何度も。


やがてその戦いは組織立ったものになり、遂には魔獣を退けて魔王に届くまでに至った。


最初の魔人からここまででもすでに数千年の時間が経過していたのがリセイには分かった。ここまで見てきたことで、感覚的にそれが認識できるようになったようだ。


魔王が今の姿になってからでさえ一万年以上の時間が過ぎていた。


途方もない時間だ。その途方もない時間を掛けて、人間は魔王に挑んできたのだと分かる。


ただ、そうして組織化された多くの人間が挑むようになった反面、時折現れる、


<魔王に歯向かう魔人>


の存在は忘れられていったようだが……


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