敵意
街から離れ、ちょうど、マルムの森までの中間辺りまで来ると、<魔人の少女>の様子が変わってきたことにリセイは気付いた。それまでは何処か緊張したような気配があったのが、少しリラックスしてきている?
と同時に、<魔人の少女>は、ふんふんとリセイの体に鼻を寄せて匂いを嗅ぎ始めた。特に、首筋や脇の辺りを丁寧に。
『もしかしてフェロモンとか出てる……?』
動物だけでなく人間も僅かながらそういうものが出ているというような話を聞いたことがあった。
それが確かかどうかは分からないものの、とにかく<魔人の少女>が関心を持っているのは分かる。
ここまでこの少女は攻撃的な様子を見せなかった。少なくともそれは事実だ。この事実は何を意味するのか……?
だがその時、
「!?」
ゾワッとしたものがリセイの背筋を奔り抜ける。
と同時に、<魔人の少女>の気配も一瞬で変わった。
臭いだ。獣の臭い。それも、
「魔獣…か!?」
「え…!?」
リセイが呟くとライラに緊張が奔る。それに一瞬遅れて馬が、
「ばるるるる!」
と嘶く。リセイにも分かるくらい怯えたそれだった。危険を感じ取ったのだろう。
その馬を手綱で制しながら、
「何かいる……!」
正面に視線を向けたライラが声を上げた。
オイルランプの頼りない光ではまったく届かないものの、暗闇の中にいくつもの小さな光が見える。
「ベルフだ……!」
リセイにはそれが何故かベルフだと分かってしまった。おそらく彼の鼻に届いた臭いが最初に遭遇したベルフのそれと同じだと直感させたのだ。
しかし、
「多い……十匹以上いる……!」
けれど、それよりもリセイの意識を捉えたもの。
「うるるるるるるる……っ!!」
彼の隣にいた<魔人の少女>が唸り声を上げたのだ。明らかに闇の中にいるベルフに向けて。
ここまでは見せなかった<敵意>を、ベルフには見せたのである。
『魔獣は必ずしも味方じゃないのか……?』
ライラはそう察した。そしてそれは事実だった。
「るあああああっっ!!」
<魔人の少女>の体が爆発するように馬車を蹴って宙を舞う。
「っ!?」
ティコナとファミューレは何が起こったのか理解できず体を竦ませて抱き合った。
その二人にリセイが寄り添う。
「大丈夫…! 僕が守るから!」
<魔人の少女>がベルフ目掛けて馬車を降りたのを幸いと、ライラはこの場から逃げたがる馬を上手く利用して方向転換。街へと引き返す。
「あの子は……!?」
ティコナがリセイに問い掛けた。
「分からない…! でも、この隙に二人は街に戻す!」
リセイの代わりにライラが応える。
当然の判断だろう。軍人である自分とリセイはともかく、ティコナとファミューレは、本来、巻き込むわけには行かなかったのだから。
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