強者の傲慢
トランからの申し出で、合同鍛錬の場で実戦形式の組手をすることになったリセイだったが、正直、戦う前から結果は分かっていた。
決して思い上がっているわけではないものの、すっかり体が馴染んで自然と動くようになった今では、例の<能力>の効果はそれこそ抜群だ。
リセイが思い描いたとおりの結果を生じさせてくれるのだから。
すると、兵士として教わる普通の体術じゃなく、リセイは敢えて<蟷螂拳>の構えを取った。
今でもその方が確実に思ったとおりに体が動いてくれるからだった。本音を言わせてもらえば今でも剣はあまり得意じゃない。まだしっかりと体に染み付いてないからだろう。
あと、最初に抱いてしまった<苦手意識>が無意識に働いて、能力が十分に活きていない可能性もある。
そういうところがまだまだではあるものの、逆を言えばそれ以外の部分は一般人ではまったく敵わないレベルに達している。
だから、
「始め!!」
と審判役が声を掛け、トランが先手を取ろうとして動いた次の瞬間には、カマキリの鎌のように構えたリセイの手が彼の腕を絡め取り、突進してきたトラン自身の勢いを活かしてバランスを崩させ、
「え……?」
トランが意識する暇もなく気付いた時には地面に転がっていた。
まったく何が起こったのか分からない。
「? え…? え?」
何かをされた覚えもないのに気が付いたら目の前にあったのは空で、リセイが、
「大丈夫? 怪我しないようにはしたつもりだったんだけど……」
などと言いながら心配そうに覗き込んでいる。
瞬間、トランの顔がカーッと赤くなる。
ガバッと体を起こして、
「もう一度だ!!」
有無を言わさず掴み掛かってくる。
けれど、ほとんど毎日、しっかりと鍛錬を積んできて体が自然と動くようになってきているリセイが相手では、
「あ……!」
リセイ自身が思わず声を上げてしまうくらい勝手に体が反応し、トランの体がくるりと回転して、やはり地面に転がされてしまった。
「……っ! もう一度!!」
そう言いながらなおも挑みかかってくる。
なのに、何度やっても結果は同じ。勝負にはならなかった。
それでも、トランは諦めない。
やがて、半泣きになりながら、ぜえぜえと息を切らしながら、土まみれになりながら、何度も何度も挑んできた。
しかし、
「トラン、いい加減にしろ。後がつかえているんだ。お前一人のための鍛錬の場じゃない…!」
審判役のベテラン兵士に叱責され、
「う…ぐ、…うぅ……!」
顔を伏せ、呻きながら、肩を震わせながら、トランは走っていってしまった。
「あ……!」
リセイは思わず手を差し出して声を掛けようとしたが、
「やめろ…」
ぐっと肩を掴まれて制止されてしまった。
「隊長……」
振り返った視線の先には、厳しい顔で自分を見詰めるライラの姿。
「お前は敗者になんて声を掛けるつもりだ? 何をどう取り繕ってもそれは敗者にとっては追い討ちにしかならん。
お前がしようとしてることは、強者の傲慢だ」
「……」
諭すような彼女の言葉に、リセイは何も言えなくなってしまったのだった。
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