負けて学ぶ

『お前がしようとしてることは、強者の傲慢だ』


ライラにそう言われ、返す言葉もなく、リセイは他の隊員が待機している場所に戻った。


リセイ自身にはまったくそんなつもりはなかった。辛い時には優しい言葉を掛けてもらえたら自分は嬉しいからそうしようと思っただけだった。


でも、ふと頭によぎる考え。


『そうか…僕は今まで、トランみたいにムキになって勝負を挑むとかしたことなかったからか……』


そうだった。平和な世界で育って、命を掛けて戦う必要なんてまったくなくて、だから誰かと勝ち負けを競うということもほとんどしてこなかった。むしろそれを積極的に避けてきたと言ってもいい。


つまり、


『誰かに勝って嬉しかった』


という経験も、


『誰かに負けて悔しかった』


という経験も、ほとんどしたことがなかったということだ。


ここに来て、アムギフが出た時には何もできなくて悔しかったことはあったけれど、でもそれは、


『戦って、でもまったく敵わなくて負けた』


わけじゃなかった。


そう、同じ『悔しい』でも、トランが感じていたであろうそれとはまったく別の悔しさなのだ。そもそも戦うことすらできなかったのだから。


トランが感じている悔しさや、自分がまったく勝てなかった相手に、勝ちたくて負けたくなくてどうしようもない相手に手も足も出ない有様で負けて、その上で勝てなかった相手に気遣われるという経験をしたことがなかったから、ピンとこなかったということだ。


正直、それに気付いても、トランがどう悔しかったのか、自分に気遣われたらどういう風に嫌なのかは、想像できなかった。


でも、


『隊長さんが言うようにきっと失礼なことなんだろうな……』


とは思えるようになった。


けれど、これからトランとどう接すればいいのかが分からない。無視するのも違うような気がするし、だからって気遣うのはダメだって言われたし……


「あの…副長……」


仕方ないので、待ってる間にレイに訊いてみる。


「隊長は余計なことはするなみたいに言ってましたけど、僕、これから彼とどう接したらいいんでしょう?」


すると、レイどころか周りの隊員全員が、


「は…?」


という感じで呆気に取られたようにリセイを見た。


そして、トランの従兄であるジェインが、ぐい、と身を乗り出してきて、


「そんなもん、お前が気にすることじゃねえよ。それはあいつの親や兄弟や親戚である俺達の役目だ。


あいつはバカで鼻っ柱ばかり立派な身の程知らずだが、それでも俺の身内なんだよ。


実はこの前もちょっとお灸を据えてやったがまだ懲りてなかったんだな。


ま、そういうのは逆に俺達じゃなくてお前が徹底的に思い知らせてやる必要があったんだろう。お前はもうお前の役目を果たしてくれたんだから、後は俺達に任せりゃいいってこった。


人間ってのは勝って学ぶことより負けて学ぶことの方が多いんだ。大事なのは負けたっていいから生き延びることだ。生きてりゃ負けたことから学べる。


俺達だってこの前にアムギフ相手に生き延びたから、自分がまだまだ未熟だって感じることができたんだよ。


あれは『勝てた』んじゃねえ。単に運が良かっただけだ。実質的には俺達は負けてたんだ」


と語ってくれたのだった。


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