ファミューレ

ルブセンが公務に就くのを待っているところに出勤してきたファミューレが出くわしたということだ。


ちなみに役所に勤めている彼女だが、本人は実は<役人>ではない。分かりやすく言うなら<役所で働いているアルバイト>的な立場ということだろうか。来庁者の案内をはじめとした雑務が彼女の仕事である。


けれど、彼女も、この街の多くの少年とはやや印象の異なるリセイのことは印象に残っていたらしい。


ただ引っ込み思案なだけじゃない、常に何かを思案して、でもそれを表に出せないタイプだということを、仕事柄、普段からたくさんの人間に触れて話をすることも多い彼女は、感覚的に察していた。


だから、どこか思い詰めたような表情をしているリセイを見て、


「どうしたの? 何か悩み事? 私じゃ役には立たないかもしれないけど、話を聞くくらいだったらできるよ?」


と声を掛けてしまったのだろう。彼の隣に座りながら。


すると、ふわりとした芳香がリセイの鼻をくすぐる。思春期の少年の心を揺さぶらずにはいられない種類のそれに、胸がドクンと高鳴る。


一瞬で全身に血が巡り、体温が上がるのも感じる。


「あ……! いえ、あの……!」


と慌てつつも、


「僕、このままこの街にいてもいいのかなって思ってしまって……」


と口にしてしまった。


そんな彼に、ファミューレは、


「どうして、そう思うの?」


決して詰問する感じではなく、柔らかく問い掛けてきた。すごく大きな器を感じさせる、自分の何もかもを受け止めてくれそうな空気感。


場合によっては相手に錯覚させてしまいかねないそれが、リセイを包み込んでくれる。


だから、言ってしまったのだろう。


「僕…この街の人達にすごくたくさん迷惑を掛けてるかもしれないんです……


そんな僕がこのまま街にいちゃこれからもたくさん迷惑を掛けてしまうかもしれない……


僕はここにいちゃいけないんじゃないかって……」


俯いたまま拳を握り締め、わずかに体を震わせて、リセイは言った。自分の正直な気持ちを吐露してしまった。


だけど、ファミューレは言う。


「え~? でもそれっておかしくない? 他人に迷惑掛けるのなんて普通でしょ?」


「……え?」


思わぬ返答に顔を上げて自分を見るリセイに、彼女はなおも言ったのだった。


「だって、あなたは赤ちゃんの頃、お母さんに迷惑掛けたことないの? おなかが減ったと言っては泣いて、おしっこが出たと言っては泣いて、怖い夢を見たと言っては泣いて、自分の身の回りのこと全部お母さんにやらせたんじゃないの? 


赤ちゃんじゃなくなってもご飯も何もかもお母さんとか周りの人にやってもらったはずだよね?


もう散々迷惑掛けてるじゃない? それなのに『迷惑掛けることを心配する』なんて、いまさらだよね」


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