進むべきレール

『どうしたの? どこか痛いの?』


ティコナにそう訊かれても、リセイはどう応えればいいのか分からなかった。


分からないから、


「あ、うん。昨日のアレの所為で夢見が悪かったからだと思う。なんだか寝た気がしないや」


と誤魔化した。


まあ、『夢見が悪くて寝られなかった』というのは、ある意味では事実かもしれないけれど。


結局、ティコナにもミコナにもシンにも<夢>の話はできず、彼が少し落ち込んだような様子についても、ティコナ達は、


『よほど昨日のがこたえてるんだろうな』


と解釈してしまっていた。


そうして朝食を終え、リセイは考えがまとまらないまま、気持ちに整理が付かないまま、取り敢えず<役所>へと出向いた。


他にどうすればいいか分からなかったから。


ただ、少々時間が早すぎて、ルブセンはまだ執務に就いていなかった。


けれど兵士達はすでに朝の鍛錬を始めている。皆、真剣な様子だ。


当然だろう。昨夜はライラ率いる第二隊がアムギフを撃破したことを祝って街をあげて盛り上がったものの、アムギフが現れたことは尋常ならざる事態だ。続けてアムギフレベルの魔獣が現れる可能性もある。街の住人の祝勝ムードに水を差さないためにも備えは怠れない。


そんな中でルブセンがゆっくり休んでいるのはどうかと思う者もいるかもしれないが、総指揮官が万全の状態を保ち的確な指示を与えられるようにするのもれっきとした指揮官の役目である。緊急の事態が生じていない時は確実に休息を取るのだ。


実際に魔獣が街に攻めてきてそれこそ休息を取ることもできない状態になるかも知れないのだから。それに備えて。


自分では何も決めることができないリセイは、向こうの世界では、結局、誰かが、親が、学校が、進むべきレールを敷いてくれてそこを通ればいいという人生を送ってきた彼は、自分がどうするべきかをルブセンが決めてくれると感じていた。


厳しいけれどはっきりとした明確な指示を与えてくれるルブセンなら。


そこでもし、


『街から出て行け!』


と言われれば諦めもつくかもしれないと思っていた。


もちろん、出て行きたくはないけれど。


それさえ自分では決められないのだ。


とにかくルブセンが現れるまで待とうと、兵士達が鍛錬する様子を、庭の隅でただぼんやりと眺めていた。


すると、


「あら、リセイくん。おはよう。早いね」


と声が掛けられた。


聞き覚えのあるその声に視線を向けると、目に飛び込んできたのは、


どたぷん!


って感じで圧倒的な存在感を放つ<塊>、いや、女性だった。


「ファミューレさん…!」


そう。役所の案内係であるファミューレがそこにいたのである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る