なんか、いいな

思いもかけぬ、女性といえどもこの街では五本の指にも入るであろう手練れのライラの<可愛らしい姿>を見せ付けられて、さすがのルブセンさえ毒気を抜かれてしまっていた。


と同時に、決して殺し合いではなかった<試合>において相手を気遣うリセイの姿に感心もしてしまう。


少なくとも、今回の一件の発端となったトランよりはよほど気高い人間であることが察せられて、決心する。


が、仮にも『試練を与える』と告げてしまった手前、このまま無罪放免ともいかない。そこで、


「双方そこまで!」


と、気を取り直して威厳のある声で場を制し、いまいち状況が掴めず困惑しているライラを、


「もうよい! 下がれ。ご苦労だった」


と下がらせ、納得できない様子で下がる彼女を視界の隅に捉えつつ、リセイに向かって、


「お前の技、見事だった」


そう淡々と告げる。


その上で、


「これにてお前に対する<試練>の内容も決まった。お前には当面、私の下でベルフ捜索の任に当たってもらう。そこでの働きによって、最終的な処遇を決めよう」


宣告したのだった。




「はあ…良かった。鞭打ちとか石打ちとかの刑じゃなくて……」


ルブセンの下でベルフの捜索の任に着くことが決まったものの、取り敢えずいろいろと用意もあるだろうからということで、一旦、リセイは解放された。ただし、ベルフ捜索に出る以外はティコナの家で謹慎することが条件だが。


とは言え、リセイ自身、どこか出掛ける当てもなかったので、実質的には何の問題もない。しかも、今のところは、ティコナの家で店の手伝いをしながら、先輩転生者であるシンからここでの暮らしで必要な知識について教わっている状態だったのだ。


「ありがとう、庇ってくれて」


ホッとしているティコナに、リセイはそう礼を言った。するとティコナも、


「ううん、私の方こそ、助けてもらったんだから当然だよ…!」


両手を胸の前に掲げて前のめりで応える。


と、


「それに……」


と言ったティコナの顔がみるみるピンクに染まっていく。


『それに』と言い掛けて、でもその先は言わずに、


「と、とにかく! リセイは私の恩人なんだから、助けるのは当然なの……!」


視線を逸らしつつ言い放って、彼女はスタスタと前を歩いた。


『……なんか、いいな。こういうの……すごくあったかい気持ちになる……』


リセイはそんな彼女の背中を見守りながら、ほわりとした気分に包まれていた。


これも、前の世界では感じたことのないものだった。


<空気>という得体のしれないものを読むことを強要されて、とにかく周囲からはみ出さず目立たなくすることばかりに腐心して、いつも息苦しさを感じていた。


それが、ここに来てからはただ、


『ああ、自分は生きてるんだなあ』


と自然と思えていたのである。


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