それどころじゃ
思いもよらぬリセイの動きに完全に虚を突かれつつも、実戦慣れしたライラの体は自らを守るために反射的に動いていた。
手にした剣の柄頭と呼ばれる部分でリセイの顎を突き上げようとする。
しかし、彼の動きはそれさえ上回って見せた。カマキリの鎌のように掲げた両手で彼女の腕を押し退けるようにして逸らさせ、しかも自分自身はその反動を利用して彼女の正面よりやや右側に位置取りさらに密着、左の肘の外側をライラの肋骨の一番下に引っ掛けるように押し当て、ぐん、と持ち上げる感じで突き上げた。
「!?」
すると彼女の体が一瞬浮き上がり、踏ん張りが利かなくなる。こうなるともう、ライラは、腰の入った力強い動きができなくなってしまう。
正直、この時点で勝負は決していただろう。
浮き上がった彼女の肩口を右手で掴んで掃うように動かすとライラの体がくるりと半回転。後は背後から右手を首に絡ませるようにして彼女の左の襟を掴み、ぐい、と引き寄せるようにすると、襟が彼女の頚動脈を圧迫。脳に十分な血液がいきわたらず、僅か数瞬でライラは意識を失ってしまったのだった。
「……!?」
意識を失ってぐったりとしたライラが勢いよく地面に倒れないようにリセイは支え、一緒に地面に座り込む。
その光景を見ていた者達は、皆一様に目を見開いて唖然としていた。ライラは女性ながら間違いなくこの場にいる者達の中でも五本の指に入る手練である。その彼女がほとんど為す術なく無力化されたのだ。本来ならあってはならない事態だろう。
けれど、それをやって見せた当のリセイは、自分の腕の中で意識を失っているライラを見て、慌てていた。
「あ、あの、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
軽く彼女の体を揺すると、汗の匂いに混じってふわりとした柔らかい香りがリセイの鼻をくすぐる。若い女性特有の、何とも言えない色香を感じる芳香だった。
『…いい匂い……っ!』
思わずそんなことを考えてしまう。だが、
「とと、それどころじゃない…っ!」
頭を振って余計な思考は追い払って、
「大丈夫ですか!」
改めて体を揺すりながら声を掛ける。と、
「……あ……?」
意識を取り戻した彼女がリセイを見上げる。
数瞬の間、見詰め合ってしまって、
「な…あ……っ!?」
ようやく状況を察したライラがカーッと顔を赤く染めながら、
「何をする……っ!!」
リセイを突き飛ばし、距離をとって自分の体を庇うように腕を巻きつけつつ立ち上がった。
するとそんな彼女の様子を見た者達も思わず、
『可愛い……』
などと思ってしまったりもした。
結果、さっきまであんなに張り詰めていたその場の空気が一気に和んでしまって、いかにも堅物という印象だったルブセンすら口元を緩め、慌ててそれを隠すために手で覆ったりもしてしまったのである。
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