只者じゃない
「では、はじめ!」
ルブセンの、威厳すら感じる圧を持った掛け声と共に、リセイはスッと身構えた。
両手の指を揃えて尖らせ、体の左側を前に出して軽く腰を落とし、両手を顔の前にゆるく掲げる。いわゆる<蟷螂拳>と聞いて、多少なりともそれを知る者であれば真っ先に思い浮かべるであろう構えだった。
リセイのそれは、あくまで、百円で買った古本の<入門書>で見たそれでしかない。本来なら、力の入れ方や体のバランスの取り方までは詳細には分からない、ただの<形態模写>でしかなかったはずなのに、この時の彼の構えは、見る者に得体の知れない凄みを与えるものだった。
体のどこにも無理な力が入っていないことが、どのような形であれ自らの体を磨き上げる修練を行った経験のある者であれば分かってしまい、同時に、見慣れないその構えからどのような形にでも変化することを窺わせた。
『こいつ……只者じゃない……』
その場にいた騎士や兵士達のほとんどがそう感じたという。
それは当然、リセイと向き合っているライラもそうだった。
『なんだこれは……? これが、十五~六の、成人の儀も終えていない子供の気配か……?』
リセイの顔の前に掲げられた両手がまるで切れ味鋭い剣のようにさえ感じられて、体に緊張が走る。
『なるほどこれだけの力があれば、慣れない剣を使うよりは本人も心強いだろうな……』
とも思ってしまう。
『相手を見くびっていたのは私の方だったか……
すまん。それについては詫びよう。しかし、だからこそこちらも手加減はできそうにない……!』
リセイを見詰めるライラの瞳が、冷たく鋭く光る。
『来る……っ!?』
瞬間、リセイも彼女の体の中でとても大きな力が一瞬でぐわっと膨らむのが察せられ、そう思った。
すると、頭で考えるよりも早く、体が、何度も読んだ入門書に描かれていた通りに勝手に動いた。
まるでコマ落としのようにリセイの姿がライラに迫り、彼女の剣の間合いの内側に入ったことで、剣を持っていることのアドバンテージが失われたのが、見ていた者達には察せられてしまった。そしてそれは、もちろん、ライラ当人が一番感じたことだった。
「くっ!?」
普通の<剣技>では対処できないことを本能的に察知し、ライラは躊躇うことなく
ライラが使っている剣の柄頭は金属でできていて、殴打用の鈍器にもなっていた。
実戦では、試合や稽古のように刀身だけを使ってきれいに戦えるとは限らない。彼女もまた、実戦が身に染み付いた叩き上げの騎士なのだった。
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