その5

 俺は五人組を引き連れてフロアを横切る。


 耳をつんざくような大音響の中、入って来た時とは逆に、五人組はおどおどした感じで、目線を合わせず、俺の後をついてくる。 ドアの外に立っていたバウンサーは、俺の顔をちらりと見ると、妙な愛想笑いを浮かべて送り出しただけだった。


 外に出る。


 寒い、当たり前だ。


 いつの間にか雪が降りだしていた。


 俺は白い息を吐きながら黙々と歩く。


 五人組も何も言わずに俺の後を付いてくるだけだ。


 十分ほど歩いたろうか?


 俺は一軒の赤い暖簾に『中華料理・来々軒』と、一目でそれとわかる店の前で足を止めた。


『喰ってくか?』


 俺が言うと、五人は互いに顔を見合わせてから、おどおどした目つきを俺に向けた。


『心配するな。幾らお前さんたちの方が金持ちだからって、中坊の懐をかすろうなんてケチな真似はせんさ』


 俺が入り口に手を掛け、暖簾をくぐると、五人もそれにつれて後から入ってくる。


 この店はいわば俺の馴染みみたいなもんだ。


 店の親父は不愛想だが、味の方は一級品である。


 具合のいいことに、店の中はさほど混んではいなかった。


 俺達は六人掛けのテーブルに腰かける。


 壁に掛けられた品書きを一通り見回し、


『なんでもいい、好きなものを頼めよ・・・・と言いたいところだが、手持ちはあまりないんでね。そこは察してくれると有難い』


 冗談めかしていうと、連中はやっと少しばかりほっとしたような表情を浮かべた。


『じゃあ、俺はチャーシューメン』


 リーダー格の菅沼が、恐る恐ると言った体で答えると、他の四人もそれに続く。


 注文を取りに来た女の子に。


『チャーシューメン五つと、それからギョーザを二皿、一つは大盛にしてくれ・・・・ あとビールを一本』


 それだけ頼むと、後は何も言わなかった。


 五人はそこで少し身構える。


 何か説教でもされると思ったんだろう。


 間もなくチャーシューメンとギョーザが運ばれてきた。


『さあ、喰え、ガキは遠慮なんかするもんじゃない』


 俺が言い終わると、彼らは一斉にどんぶりに食らいつき、メンを啜り始めた。


 欠食児童でもあるまいにと、俺は苦笑しながら、


『この餃子も食べな。俺は半分だけ貰うから』と、二皿の内の一皿を勧める。


 しばらくメンを啜る音が響き渡る。


 やがて、一人が箸を止めた。


『あんた、センコウに雇われたのかい?』


 そう言ったのは、キュウリみたいにニキビだらけの目の鋭い・・・・二年の有坂君だ。


『そうだ。と答えたらどうするね?』


『俺はセンコウなんか大嫌いだ。学校も嫌いだ』噛みつくような調子で睨んできた。


『・・・・』


 俺はビールをコップに注ぎ、餃子を箸でつまんだ。



『好き嫌いは自由だ。だがな。』


『どんなに嫌いでも、中学校までは行け、そして勉強をして力をつけろ。大人や社会に歯向かうのは、それからだって出来る。』


 俺はそれ以上何も言わず、ついでに餃子をもう一人前と、ビールをもう一本追加した。

なんだ?

(中学生にビールを呑ましたのか?)

だと?

 

 見損なうな。俺だって順法精神の欠片かけらぐらいはある。勿論一人で呑んださ。



 食事が終わった。


 外に出た。


 雪はさっきより激しく降っている。


 俺が歩き出すと、五人もまた黙々と付いてくる。


 そして、JRの西口前に着くと、


『じゃあな。ここでお別れだ。まっすぐ家に帰って、たまには親孝行でもするこった。』


 俺はぽかんとして佇んでいる五人を残し、きびすを返すと、真っすぐ自分のネグラ兼、事務所オフィスまで帰って行った。


 それから二週間がたったろう。年末に向けての最後の追い込み・・・大掃除のしめくくりに終われていると、滝沢先生から電話がかかった。


”例の五人が少しづつ変わってきてくれている。遅れていた授業の補修にも出てくれている。貴方のお陰だ。有難う”


 俺は『礼には及びません。私は依頼された仕事をしたに過ぎませんから、ギャラの方はお忘れなく』


 そう答えて受話器を置き、また掃除に取り掛かった。


 ありがとうと言われて、悪い気はしない。


 だが、俺は未だに学校も教師センコウだ。



                                終り


*)この物語はフィクションであり、人物その他は全て作者の想像上の産物です。



 


 

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先生(センコウ)へ愛を込めて 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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