最終話 売れない人気ライトノベル作家と、その担当さんとの恋愛事情と、その結果。

「うぅっ。やってしまった。もうあの書店には行けない……」


あの後みやびはなんとか泣き止み、赤い目をしたままレジで会計をした。


店員には最後まで心配されたが「目に入れているコンタクトがズレただけ!」っと、頑なに大丈夫だからと言って誤魔化した。

まさかまさかいい年をした女が「書店の中でしかも立ち読みでラノベを読んで泣きました!」なんてとても言えるわけがない。みやびは今のこの気持ちをどう表現していいのか分からずに「あ~も~う~!!」と唸り声を上げつつ両手で髪をかき乱す。


「あぁ~もう~ほんっとに恥ずかしかった! すっごく恥ずかしかった! これも先生のせいだわ! そうよ! そうなのよ!! 今日の空が曇ってるのも、タコメーターが赤いのも、燃料計のランプが付いているのも、なにもかもが先生のせいなんだわっ!!


 もはや自分でも言ってる事がしりめつめつだと理解しているが止まらなかった。


「大体、私達の思い出を勝手に書いて、しかもそれを新刊のスピンオフとして載せるだなんて……。設定や登場人物の名前くらい捻ってくれれば良かったのに……」


 怒った言葉とは裏腹に少しだけ嬉しそうにするみやび。

 そして助手席に置いてある二十冊ほどの本に目を向ける。


「……」


 そこでふっとまだ全部を読み終えていないことに気付いた。

 泣いて……いや、コンタクトがズレたせいであやふやになり続きを読むのを止めてしまったのだ。


 キキーッ。急ブレーキをかけ、続きを読むため左車線の路肩に寄せるとハザードを出しエンジンをかけたまま車を停車させる。

 今度は運転席バケットシートを後ろに引くとシートベルトも外して楽な姿勢をになる。そして助手席にある本を一冊手に取ると急ぎページを捲った。


 いつもは心地よいエンジン音と車内でかけるお気に入りの音楽がこの瞬間だけはうるさく感じ、みやびの心を更に焦らせる。

そうして読み止めてしまったページを開いた。


そこには涙の跡が残っており、文字を滲ませ読めなくなっていた。

  同じ本がたくさんあるのだから別の本にすれば読みやすいのだが、みやびは敢えてこの本を選んだ。他のは書店の紙袋に入れてもらっていたので出す手間を惜しんだのもある。


「ぅぅっ……」


書店でのあの想いがこみ上げてしまい一瞬泣きそうになるが、上を向いて涙を堪える。

そしてその本のページを開いたまま、足を組んでいる右足のふとももの上に本を載せると長く美しい髪の毛が本を読む時際邪魔にならぬよう後ろ手で縛り止め、ドリンクホルダーにあったミネラルウォーターを一口飲んで落ち着く。


「……ぬるい」


 さっき買ったばかりだったが、思ったより時間が経っていたのか温かくなっていた。


  そして泣くのを誤魔化すかのようにバシッバシッ、っと自分で両頬を叩いて気持ちを入れ替える。


「私は伏見みやび。むつみ先生の担当で……」


 まるで自分にそう言い聞かせるようにお仕事モードになった。


この瞬間みやびは自分が担当を外されていることをすっかり忘れていた。この時点で既に作品への公平さは伴われていないのかもしれない。。


「やっぱり……」


まだ数ページ程の続きがあり、それはみやびがまだ知らない物語が描かれていたのだった。


 その後男性(作家)のデビュー作は初版で100万部を超える異例の大ヒット。

そこへお祝いの花束を持って駆けつけた女性(担当)に対し、作家である男性は「ボクと結婚して欲しい」と再び告白するのだった。女性は恥ずかしさからか「勝負に負けただけ! 約束だから!」っとツンデレながらその結婚の申し出を受け入れた。


だが何度も念を押すように「私みたいな可愛げのない女でいいの?」と確認する女性に対して、作家である男性はそんな彼女をカワイイと言って強引に抱きしめキスをする。

キスをされた女性の手の中にはお祝いの花束が握られていたのだった。


 二人は幸せそうに『キミにキスを、あなたに花束を。』の主人公とヒロインの最後のセリフを一緒に言うのだった。『キミにキスを、あなたに花束を。』と言ったような内容で締めくくられていた。


 これは“まだ”起こってはいない未来の出来事を想像して描いたのであろう。

そもそも初版で100万部なんて数は、某海賊漫画クラスでもないと存在しない数字である。そもそもラノベの有名作家でさえ、初版は数万部がやっとなのだ。


「まったくもう……初版で100万部なんて。ほんと先生は相変わらず、“常識外れ”なんですから」


そう呟いたみやびの顔には少し笑みがこぼれていた。



むつみの作品発売日から1週間後。

むつみの元に現担当の佐藤から初版部数と評判についての電話があった。


「先生。残念でしたけど初版は三千部がやっとでして……各書店の売上予想を見るに残念ながらこれ以上の増刷もないと思われます。それで……続編もなしでしてその本の評価もですね、言いにくいのですが大変厳しいモノでして……」


初版三千部という数字は刷った数だと言い、書店からの返品数を入れると……そこで佐藤はそれ以上の言葉を続けなかった。


むつみはその佐藤の電話に対して、どう返事をしたかも覚えてはいなかった。

すぐに佐藤との電話を切るとスマホをクッションに放り投げソファーで仰向けに横たわり、目に溜まった涙を隠すように両腕で隠した。


「ははっ。どうせボクはこんなもんだよね。せっかくラノベ作家としてデビューしてこの様なんだ。それにみやびさんとの約束も果たせず……」


むつみはその続きを口にできなかった。目指すは100万部だと言うのに三千部ですら売れていないのでは話にならない。しかも増刷の予定もないのだから、今後もその期待はできないだろう。


「はぁ……こんなときどんな顔すればいいんだろう?」


 笑顔になれば良いと思うよ……、そんな懐かしいセリフがむつみの頭の中でリフレインする。

だがむつみは主人公は愚かヒロインでもなかったのだ。そこでふとみやびの顔が浮かび悲しくなった。


「惨敗だよね? 万どころかその半分にも届いていないなんて……はぁ」


 むつみ本日二十五回目の溜め息をついた。そして何もやる気が起きなかった。


「はぁ~っ」


 二十六回目の溜め息の後、弱気になったのかこんなことを呟いてしまう。


「もう作家なんて辞めようかな……元々小説家なんてボクには向いてないのかもしれない。みやびさんだけはボクを高く評価してくれていたけど……」


そのみやびもむつみ自身が遠ざけてしまったのだ。もうどうすることもできない。


 トゥルルル♪ トゥルルル♪

翌日の早朝、担当の佐藤から電話があった。


「あっ! 先生ですか? こんな朝早くからすみません」

「(……解かっているならこんな朝っぱらから電話して欲しくないなぁ)」


 まだ外は暗く時間は朝5時で早朝と言えなくもない時間帯の電話であった。


「……いえ、間違いですね。別のお宅ですよ」


 そして朝は超絶不機嫌なむつみは佐藤からの電話を間違い電話だ、っと言って切ってしまった。これはわりと酷い行動だったかもしれない。


 トゥルルル♪ トゥルルル♪

 すぐさま再び電話が鳴る。いつまで経っても呼び出し音は鳴り止まず、仕方なしにむつみは電話に出ることにした。


「もしもし佐藤さん? こんな時間にどうしたの?」

 

 佐藤はそんな作家の対応に慣れているのか、臆せず再び電話をかけてきただった。


「いやいや先生! 名前見て電話かけているのに間違えませんよ。そんなことよりも先生ネット見ましたか? ネット!」

「ネットぉ~? どうせあれでしょ昨日発売した『フォークライ5』の実況動画! あれ面白かったよねぇ~ボクも朝の4時まで見ちゃったよ♪」


むつみはまだ寝ぼけているようだ。ってか1時間しか寝てなく不機嫌だっただけだ。


「いや確かにあの動画は面白かったですけど……あれは違法動画なんで先生は見ないで下さいよ。そ、そんなことよりもです! 先生の本『売れ作うれさく』が今SNSの交流サイトで話題になっているんですよ!」


佐藤の話によれば大手の掲示板やSNSノーズブックなどでお祭り騒ぎらしい。


「あとはとにかくネットを見て欲しい!」とアドレスが送られてきた。むつみは作業用のデスクトップPCを立ち上げ、メールに記載されているアドレスをクリックした。


「……これ、かな_」


たくさんの書き込みが次々されていた。その中の先頭を見ることにした。そこにはこう書かれていた。


『今俺が出くわした光景をありのまま話すぜ。今日はラノベ新刊の発売日だから近所の小さな書店に行き、新刊コーナーでチェックをしていたときの話だ。隣にいた綺麗なお姉さんがラノベを立ち読みしてていきなり大泣きしてた。しかも人目を憚らず泣くその姿が、あまりにも綺麗で思わず告白しそうになったが、なんとか踏みとどまった。 そのお姉さん、泣きながらもその新刊を店の在庫ごとすべて購入していった。『俺はそんなに面白いのか?』と思い、別の書店まで行って買ってきて今読み終わったとこ。これがまた面白く感動モノだったわ。特にスピンオフのやつは泣ける、泣かす、泣かされる。の三段活用法。お前らも機会があれば読んでミ♪』……などと書かれていた。


文長ぶんながっ! あとすごく変な改行してるし……それに言葉使いも完全に変だよね。ネットの掲示板ってコレがデフォなのかな?」


 ……とは思いつつも、むつみはそれに対する返信レスを見続ける。


「ネタバレはよお!」

「お姉さんの写真希望!」

「どうせ作家か出版社のステマだろ? はいはいワロスワロス」

「在庫が1冊しかなかったオチ」

「どうせオマエの幻覚の話だろ?」

oioiオイオイ書店! ウチの近所だわ、これは行くしかない! 凸するべし!」

「既にアニメ化決定?」


など色々なことが書かれ、小さいながら写真もアップされていた。その写真にはみやびによく似た女の人が写っていたのだった。

泣きながら本を両手に何冊も抱き抱えながら、その本とはむつみの新刊である『売れたん』にも見えた。


「こ、これってみやびさん!? み、みやびさんだよね……」


むつみは座っていた椅子から落ちそうになった。それはみやびにとてもよく似ていた。


そもそもoioi書店は不死鳥フェニックス書店の本社から歩いて5分ほどの近所だったはずだ。ならみやびがそこに居てもおかしくはない。だが何故そこに居たのだろう?

そんな疑問を抱きつつも、そのページを見ていると、


 トゥルルル♪ トゥルルル♪

 また電話が鳴る。佐藤からだった。


「先生ですか? 担当の佐藤です!」

「佐藤さん……あんまりしつこいと着拒ちゃっきょにするよ。男同士でもストーカー罪は成立するんだから覚えて置いてよね!」

「えー!? 何でですか先生! それは酷すぎますよ! ってか、声がガチすぎて怖すぎます!」


 うるさいくらいに佐藤はテンションが上がっているようだ。


「そ・れ・よ・り・も・です! 先生見ましたか? この写真の女性なんですけど、みやびお嬢様に似てませんか? 顔は隠れて見えませんが……」

「あっ佐藤さんもやっぱりそう見えたの?」


 社員である佐藤までも言うのなら、これはやはりみやび本人に間違いない。


 問題は「なぜ泣いていたのか?」である。それもむつみの本を大量に抱えて。


「(たぶん会社に言えば無料でくれるんだろうけど、みやびさんは敢えて一読者として買いに行ってくれたのかもしれないなぁ)」


そんなことを考えていたむつみはある疑問を口にした。


「佐藤さん。もしこれがみやびさんだとしたら、これってマズイよね?」

「いえ、むしろ好都合チャンス到来です! ここの掲示板は色んな意味で影響力すごいですからね。さっき『イゾン(総合ネットショップ)』でも本の品切れ・レビューがたくさんついてましたよ。朝っぱらだって言うのに、先程から書店やネットショップから問い合わせがあるくらいなんですよ! 先生……この分なら在庫がけるどころか、増刷も期待できそうですよ!」


佐藤はいつものように明るく、うるさいくらい元気になっていた。

 

その日の内に第二版が印刷されることが即決定した。しかも予想よりも多く、5万冊増で刷るらしい。ネットでも人気が強く電子書籍化も検討されたが、敢えて紙媒体でのみ販売という当初の計画通りに紙媒体で付加価値をつける姿勢を貫いた。

実際に手で触れて、紙の感触を味わうのが良い……っと考えての決定だった。


むつみはその報告を受けとても喜んだが、心は晴れてはいなかった。

何故なら今一番傍にいて欲しい女性が隣にいなかったからだ……。



むつみの新刊発売から一ヶ月後、月間部数の報告が佐藤からされた。

『売れさく』は第7版まで印刷され、無名新人ライトノベル作家としては異例の90万部を売り上げた。帯には『おしくも100万部に届かなかった作品!』と皮肉交じりに書かれた。


「いやぁ~ここまで『売れさく』が売れるとは思いませんでしたね! だって発売初日なんて返品の山でしたからねぇ~。あの時は売れた本よりも、返品が多いくらいでしたしね!」


っとやや冗談交じりで笑い飛ばす佐藤。声はいつもよりも明るくとても弾んでいるのが見て取れる。


「あの佐藤さん。その略なんだけど『売れ作うれさく』じゃなくて、正式には『売れ担うれたん』だからね。勝手に略称作らないでくれるかな?」


「こっちの方がカワイイでしょ♪」っと、口にするむつみ。それに対して佐藤は、


「いやいや略すなら『売れ作うれさく』ですよ先生! 『売れ担うれたん』だとなんだか『発泡ウレタン』みたいじゃないですか!」


どちらもどうタイトルを省略するかを譲らなかった。


ここでむつみは『作者』として強気に出る。


「『売れ担うれたん』はの略は『その本売れたん?』っていうのと、かけてあるの!」


 むつみには珍しく強い口調で佐藤に物言いをする。


「…………あぁ! なるほどなるほど、そうきましたか! さすがは100万部におしくも届かなかったむつみ先生ですね! ならそれで行きましょう!」


佐藤の変わり身は政治家のそれと同じくらい早かった。あとさりげな~く、ディスられたのをむつみはしっかりと覚えておくことにした。

だが増刷されても尚も目標の100万部には届かなかったのだ。


数日後、某所にて新人作家デビューを記念してパーティーが開かれることになった。もちろん新人としては異例の90万部を売り上げたむつみも呼ばれたのだが、彼は体調不良を理由に出席を断ってしまったのだ。


そして今日はパーティーの当日の日である。だがむつみはソファーで寝ていた。佐藤から続編を頼まれていたが今は何もする気が起きない。


「佐藤さんには悪いことをしたなぁ……」


名目上は新人作家のパーティーだが、むつみの90万部売り上げたお祝いも兼ねていたのだ。むしろそっちが主役と言っても過言ではない。

それが出席しないとなれば、担当である佐藤にも影響がないわけではない。が、この前ディスられた腹いせも兼ねていたのだった。


 そんなことを思い浮かべていると、ピンポーン♪

呼び鈴が鳴った。むつみは出るのが面倒なので居留守を決め込む。


 ピンポーン♪ ピンポーン♪

かなりしつこい。こんな朝っぱらから新聞の勧誘だろうか?


「いませ~ん。この家は留守ですよ~」


なんともむつみらしい返答。それに対しポツリっと小声で返答があった。


「先生…………私です」

「…………っ!?」


その声には聞き覚えがあった。いやむしろ忘れるはずがない。何故ならむつみはこの一ヶ月間彼女の事ばかりを考えていたのだから。

 

「み、みやびさん!? い、今開けるかちょっと待ってて!!」


むつみはソファーからいきなり起き上がると、その反動でお腹の上に置いてたスマホがカラカラ~……っと音を立て床に落ちてしまった。だが今のむつみにはそれを気にしている余裕はなく急ぎみやびが待つ玄関へと向かうが、今度はこたつテーブルに右足の脛をぶつけてしまう。


「あっつう!」


 だがそんなことに構ってる場合ではなかった。今の今まで想っていた女性……みやびに逢えるのだから。むつみは玄関の施錠を外すと勢い良くドアを開け放った。


「ご、ごめんねみやびさん。遅くなっちゃって!」

「いえ。それよりも足ぶつけたところ大丈夫ですか?」


 少し前屈みで足を擦っていたので気になったのだろう。


「あ、ああこれ? だ、大丈夫大丈夫! そんなことよりもみやびさん……久しぶりだね」

「あっはい。お久しぶりですね先生……」


 なんとも言えない雰囲気。お互い上手く言葉が出ない。


「こんなとこでもなんだから、中へどうぞ」

「いいんですかお邪魔して? では失礼しますね」


 靴を揃え丁寧に断りを入れみやびは一ヶ月ぶりのむつみの部屋へと入って行った。


「ま、適当に座ってよ。今コーヒーでも入れるからさ」

「あっ。ここでいいですよ。それとお構いなく」


 むつみもみやびもベットにチョコンなどと、可愛らしくも並んで座っている。


「……」

「……」


 互いに口を開かず沈黙のままだった。話すことはたくさんある。

 だが何を話していいのやら切り出せなかったのだ。


「……み、みやびさん元気だった?」


 むつみの無難な軽め世間話ジャブ


「ええ。先生のおかげで『休暇』ができましたので……」

「ぐはっ!?」


 みやびの左カウンターストレート。続けざまみやびの攻勢。


「それと先生。90万部おめでとうございます。これは会社からのお祝いの花束です」


 そう言ってみやびは青い薔薇の花束をむつみに差し出す。


「あれこれって、青い薔薇だよね? へぇ~普通は赤色なのに青なんて珍しいよねぇ~♪」


普通こうゆう時には無難な白いユリの入ったアレンジメントを送る。だがみやびは敢えてむつみに青い薔薇を選んだのだ。


「先生は……青い薔薇の花言葉を知ってますか?」

「お恥ずかしいことに、全然わかんない」


 むつみはみやびのその質問に答えられず、少しだけ恥ずかしそうに顔を下に向けてしまう。

 正直むつみも赤い薔薇や白い薔薇の花言葉なら知っていたのだが、青色の薔薇については聞いた事が無いどころか、そもそもそんな花があることすら知らなかったのだ。


「青い薔薇は昔ですね、栽培が不可能とされていて『不可能・あり得ない』が花言葉だったのですが、最近では難しいながらも栽培できるようになりまして今では『奇跡・神の祝福・夢が叶う』と言った花言葉がつけられてるそうですよ」

「……それはすごく意味深な花言葉だね」


青い薔薇が自分のことを表しているようにむつみには思えた。


「でもボクはこれ受け取れないよ。だってさ……その奇跡・・は起こせなかったんだもん」


むつみは俯き落ち込み泣きそうになる。みやびもそれの意味を察しおずおずとしながら、後ろに隠してあったもう一つの小さな花束をむつみの目の前に差し出した。


「こ、これは会社とは別に私個人・・・が先生に差し上げる花です!(照)」


それは虹色の薔薇だった。


「とても綺麗な色だね。これも薔薇なの?」

「これはレインボーローズと言いまして……花言葉は『無限の可能性』です。せ、先生にぴったりだと思いまして(照)」


「こんな派手な色の薔薇もあるんだぁ~」っと、関心するように頷くむつみ。


「実はコレ造花イミテーションなんです。白い薔薇に青や染めたい色を吸わせて創るみたいです」

「なるほど。だからこんな鮮やかな色が出せるんだね!」


 むつみはみやびのその説明を聞いて納得するように頷いた。


「い、今の先生はきっと白い薔薇と一緒なんです。色々な知識や経験という色を吸収することで『青い薔薇』にも『虹色の薔薇』にも、何にでもなれる……そんな可能性を秘めた作家さんなんです!」


 そこまで自分を褒められると照れる。しかも花言葉を使いこれほど情熱的に、だ。


「みやびさんって結構ロマンチストなんだね。かわいい♪」

「か、からかわないで下さい。私みたいな可愛げのない女にかわいいなどと……勘違いしてしまいますよ(照)」

「これは前にも言ったけどさ……ボクが勘違いして欲しいって言ったらみやびさんはどうするの?」


相変わらずのむつみの意地悪。対してみやびは、


「先生は相変わらず意地悪さんですね! 私はす、既に勘違いしているのに……(照)」


恥ずかしさからか、顔を赤くするみやび。


「せ、先生ちょっと下にある車まで来ていただけませんかね?」

「へっ? これからどこかに行くの?」


 困惑しながらもみやびに車まで引っ張られるむつみ。


 ピピッ♪

 車のロックが外れる電子音がする。


「先生、後ろのトランクを開けてもらえますか?」

「そりゃ開けろと言われれば開けるけど……開けた瞬間おじいさんになったりしない?」

「それは保障の期間外です……」


 そう言ってすぐさま「う、ウソですが……」っと口にし、そっぽを向きながらそんな冗談を照れているみやび。


 ガチャッ、スーッ。

 トランクルームがむつみの手によって音もなく開けられると、そこには赤い薔薇がぎっしりと詰まっていた。


「み、みやびさん。これって!?」

「あ、赤い薔薇が108本あります。こ、こ、これが今の私の気持ちです!!(照)」


みやびは戦後最大クラスに顔を赤らめ、すっごく恥ずかしがりながらそう言葉を口にした。


 薔薇には相手に送る本数によって別の意味が込められる。

 108本……それには送る相手に対して結婚してくださいとの意味が込められている。それはむつみも知っていることだった。


「せ、先生! いえ大槻むつみさん! 私と結婚してください! これからも作家と担当さんとして、また夫婦としてあなたの隣に一生いたいんです!」


みやびからの熱烈なプロポーズ。一度はみやびから断られ、今度は逆にプロポーズされてしまう。

 むつみはまるで、夢でも見ているかのような感覚に陥ってしまった。


 だが、そこでふと現実へと引き戻されてしまう。


「ごめん。みやびさん。みやびさんの気持ちは嬉しいけど、あの約束が果たせない今、みやびさんのことを幸せにできる自信がないんだ」


 だから……っと続けるむつみに対して、少し意地悪そうにみやびがこう言った。

 

「先生。これはまだ機密事項オフレコなんですが、昨日『売れ担』のアニメ化が決定しました。それに伴い原作である本も更に15万部ほど増刷されるようです。ですから90万部に15万部を足しまして……」

「えっ? ってことは……全部で105万部になっちゃったの?」

「はいそうです!」


 むつみが言うがまま、頷くみやび。


「……ということは?」

「先生……私と結婚していただけますか?」


 むつみは頭の整理が追いつかない。

 アニメ化で追加15万部……ということは?


「やった! やったよみやびさん! 100万部超えなんてまるで『夢』みたいだよ!」

「あ、あの先生、私のプロポーズに対するお返事がまだなのですが……」


 まったく耳に入っていないむつみさん。


「まったくもう、先生はいつまで経っても先生のままですね♪」


 やや呆れた感じだが、とても嬉しそうなみやび。


「みやびさん結婚しよう! さぁしよう! 今しよう! 明日しよう!」


言動がおかしくなるむつみさん。

 今なのか、それとも明日なのか、口にしているむつみですら分からなかった。


「先生♪」


 みやびがむつみのことを強引に抱き寄せる。顔が近いせいか、両者頬が赤くなる。


「あ、あのみやびさん?」

「いいから黙ってください、むつみさん」


 見つめ合い互いの唇を近づけ、みやびはこう囁いた。


「こんなとき、ラノベの主人公ならなんてセリフ言いますか?」


 みやびの意地悪な質問。暗に答えを誘導している。


「じゃあさ、二人で“それ”の答え合わせしてみるのはどうかな?」

「ふふっ。良いですよ。望むところですよむつみさん♪」


 お互い顔を近づけ、そっと口付けをする。

そして二人でこのセリフで締めくくる。


「「キミにキスを、あなたに花束を。」」っと。



 …………だが暫くして時間が経つと二人は冷静になってしまった。


「あのさ、みやびさん。こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど……作品だとこのシーンは完全に立場逆だよね?」

「え、ええそうでしたね。最後は主人公がヒロインに向かって立ち膝をしながら花束を捧げてからのキスでしたよね? はぁ~っ。これはやっちゃいましたかね……」


 別にみやびはむつみの小説であるキミキスの最後のシーンを真似たかったわけではなかったが結果としてそうなってしまい、しかも完全に立ち位置が逆になっていたのだ。


 そんな落ち込んだ顔をするみやびに対し、むつみは明るくフォローの言葉をかける。


「でもさ、なんかこうゆうのもボクとみやびさんらしくていいよね?」

「そう……なんですかね」 

  

 やや呆れながらむつみの言葉を強引に納得しようとするみやびさん。

 そして再び二人は見つめ合い二回目の口付けをした。今度は先程よりも少し長めに……っと、その時みやびが何かに気付いたように声を上げた。


「ああ! 忘れてましたよ! むつみさん、むつみさん! パーティー! パーティーですよ! お祝いのパーティーに遅刻してしまいますよ! 本当は私むつみさんの事を迎えに来たんですよ!」

「ええっ!? 今更パーリィーに行くの? せっかく結ばれたんだから、もう少し二人だけの余韻を楽しもうよ♪」


パーリィーっと外人ばりに発音良く口にすると、パーティに行くのを拒むむつみさん。


「ダメですよ! そもそもむつみさんは主賓なんですからね!」

「いやもうさ、すっごい遅刻してるから何も今から行かなくてもいいような……」


 既に開始時刻からは一時間が経ち、例え今から向かったとしてもちょうど終了時間になってしまうとむつみは行く事を拒否する。


「大丈夫です! 主役(ヒーロー)はここぞという時に間に合って登場するものですし!」


 だがしかし、むつみのみやびの説得に失敗したようだ。


「さぁさぁむつみさん! 私の車に早く乗ってくださいよ! 今日は本気・・で飛ばしますからね! フルスロットルでぶっ飛びましょう♪」

「っ!?」


 ……忘れていた。いや忘れたかったことだ。正直、ここから現実逃避したいと思ってしまうむつみ。


「み、みやびさん。もう遅刻してるしさ、ゆっくりっと行かない? それかバスか新幹線って手もあるんだよ。もしかしたらそっちの方が早いかもしれないじゃない!」


 みやびの車に乗ることを全力で阻止しよう画策むつみ。


「な~に言ってるんですかむつみさん! 100mを3秒で駆け抜ければ間に合いますって♪ さぁさぁ! あっシートベルトだけはちゃんと締めてくださいね。じゃないと自動的に車外に投げ出されちゃうかもです(笑) あっ準備できましたね? それじゃあ行きますよぉ~♪」

「ま、待ってみやびさん! ボクまだシートなベルトさんをしていな……」


 むつみの言葉を待たずしてみやびはアクセルを床踏み全開にした。

 その刹那きゅるるるる♪ っと後輪タイヤが激しくホイルスピンする。


 そして間置かずグワーーッ、っと車が一気に加速すると、むつみはバケットシートに重力加速によって体を押さえつけられてしまうのだった。


「むつみさん! ずっと! ず~っと私の隣にいてくださいね!! もう離しませんからね♪」

「……うぇっぷ」


 そう言った担当のみやびさんはとても幸せそうな顔をしていた。

 だが対する作家のむつみさんは今にも何かを生み出しそうな(吐きそうな)とっても気分悪い顔をしていたのだ。


 グォングォン♪ キキーッ♪


「あ、あれ? ま~たサイドブレーキが上がったままでしたね♪」

「け、結局最後までこんな感じなんだねぇ~~~~~っ」


 タイヤのスキール音とむつみの断末魔がいつまでも響くのだった。

 そしてこれからも売れない人気ライトノベル作家と、その担当さんとの恋愛事情はいつまでも続くようだった……。



『売れない人気ライトノベル作家と、その担当さんとの恋愛事情と、その結果。』fin.

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売れない人気ライトノベル作家と、その担当さんとの恋愛事情と、その結果。 月乃兎姫 @scarlet2200

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