オレンジ

 最後の夕日が沈もうとしていた。空と雲を染め上げ、静かにゆるゆると燃えていた。

 この夕日が沈んでしまえばもう二度と太陽は昇らない。今日が終わっても明日は来ない。そう予言されていた。

 偉大な魔法使いはそれを食い止めるために、夕日をオレンジに変えた。

 最後の夕日が沈んでいないため、今日は真っ暗なまま続いていた。予言とは違う意味で明日は来なかった。


   ◆ ◆ ◆


 最後の夕日が突然消えた。世界は真っ暗になった。

 何もかも終わったのだと皆は嘆いた。しかし終わらなかった。真っ暗なまま世界は続いた。偉大な魔法使いが夕日をオレンジに変えたおかげだという話を聞き、少女は旅に出た。


 魔法使いの家は森の奥深くにあった。たどり着いた少女は普通の家のような外観に驚いたが、中に入ってもその感想は変わらなかった。魔法使いは物腰の柔らかい壮年の男だった。彼は少女を笑顔で出迎え、お茶を出した。大きな窓のあるその部屋は、太陽があれば午後になると日が差し込む居心地のいい部屋だった。

「いつ死ぬの?」

 テーブルを挟んで向かい合い、少女は魔法使いにそう聞いた。テーブルの中央には果物かごがあり、オレンジが一つ入っていた。

 魔法使いは一瞬だけ目を瞠ったが、すぐに笑顔を取り戻す。

「君も、いえ、あなたも魔法使いでしたか」

 少女は首を振る。

「勉強はしたんだけど」

 小さく呪文を唱え、カップに向かって指を振る。カップはカタカタと音を立て、わずかに動いただけだった。

「才能ないの」

「まさか」

「信じてないわね?」

 笑顔を崩さない魔法使いに少女は、まぁいいわ、と首を振って、

「それで、あなたはいつ死ぬの?」

 もう一度聞いた。

「太陽をオレンジに変えるなんて、そんな魔法、長くはもたないわ。命を削ってしまうでしょ? あなたが死んだら魔法は解ける。違う?」

「そうですね。ええ、あと十年ほどで魔法は解けます」

「十年・・・・・・」

 少女はため息をついた。

「他に方法は?」

「ないですね」

「試してみた?」

「もちろん」

「予言は変わっていないの?」

「ええ」

「あなたはどうしてそんなに落ち着いていられるの?」

 少女は魔法使いを睨みつける。

「あきらめてしまったから、でしょうか」

 魔法使いは首を傾げる。

「そう」

 少女は目を伏せた。

「あなたはそれでいいの?」

「ええ。もう十分生きましたからね」

「それは困るわ」

 少女は笑った。

「もうちょっと長生きしてもらわなくちゃ」

 少女は椅子から降りて、魔法使いの前に立つ。右手を差し出して、

「手を出して」

「こうですか?」

 魔法使いが同じように右手を出すと、少女は彼の手を握り締めた。その瞬間、部屋は光に包まれた。魔法使いは太陽があったころを思い出した。光は一瞬で消え、元の暗さに二人の目が慣れたとき、魔法使いは十歳ほど若返り、少女は少し成長していた。

「どういうことです?」

「私の時間をあなたに少し分けてあげたの」

 少女は無邪気な顔で笑う。成長しても、まだ少女と呼べる年齢だった。

「少しですか? これが? 才能ないなんてやっぱり嘘ですね」

 魔法使いはあきれた声で言う。

「才能はないの。これは体質だもの」

 少女は首を振ってそう答えてから、

「これで時間ができたでしょ。まだあきらめてもらったら困るのよ」

「そうですね。がんばりましょうか、もう少し」

 魔法使いは笑顔でうなずいた。少女も笑顔を返す。テーブルの上のオレンジを見る。

「最後の夕日、綺麗だったわ。また毎日見れるようになったら素敵よね」

「よく覚えてますね。百年前ですよ?」

「記憶力もいいのよ」

 少女は笑って片目を瞑った。

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不思議な気持ち 葉原あきよ @oakiyo

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