鈴木を遊ぶ虫

@paperot

自分の頭を投げる彼

鈴木は自分の頭部を取り外して構えると、美しいフォームでシュートを放った。彼の頭はゆっくり回転しながら放物線を描き、バスケットゴールを揺らす。クラスメイトは興奮して大きな歓声を上げた。

フロアに敷かれたマットに後頭部から落ちたときは火が出るほど痛かったが、その痛みをすぐに忘れるほど彼は嬉しかった。


教室に戻っても先ほどのシュートの話でまだ盛り上がっていた。

「タク、あんな技隠してたのかよ」

「頭持って投げるとかイカれてんな!」

「タクの頭外しを見て初めて尊敬したわ」

鈴木は密かに練習していたことには触れずに、「次はネットに噛み付いてゴールにぶら下がる技を見せてやるよ」と盛り上げた。

昼休みの終わり頃になって、一人の女子生徒がやってきた。

「調子に乗って変なことやんないでよ」

同じクラスのもう一人の鈴木だった。

「変だからいいんじゃん」

「よくないよ、めちゃくちゃ迷惑」

彼女にも頭外しのような「ハグ」があるはずだが、彼は彼女の「ハグ」がどんなものかを知らなかった。

「ナオも隠してないで見せりゃいいじゃん。『鈴木』なんだから何かあるのはみんな知ってるんだし。その方が絶対ラクだって」

「隠してるわけじゃないし。それにもっと分かりにくいの、わたしのは。頭取れるとかそういうのと違うから。とにかく取れるからって頭でバスケとかほんと意味わかんないし」

鈴木タクミと鈴木ナオは、幼い頃からお互いを知っていた。ときどき相談所でも顔を合わせたし、親を通じてそれぞれの話を聞くこともあったが、タクミはナオの「ハグ」は知らないままだった。

「じゃあお前のハグがどんなのか教えろよ」

「なんで教えなきゃなんないの?あとさあ、ハグって言うのやめたら?これは『バグ』だから。ごまかして言いたくないの」


その夜、夕飯を食べながらタクミは母親に尋ねた。

「鈴木のさあ、ナオっているじゃん?あいつのアレってさあ、どんなのか知ってるの?」

母親は顔をしかめて返す。

「アレってなに?」

「アレはアレよ、その・・・『バグ』だよ」

母親は見るからに不機嫌になった。

「『バグ』じゃなくて『ハグ』でしょ?ちゃんと言いなさい」

「どっちでもいいじゃんか、そんなの。で、知ってんの、あいつの」

母親はまだ文句がありそうな表情だったが、

「感情が昂ぶると大変だから、あまり刺激しないようにしてるってナオちゃんのお母さん言ってたかなあ」

「感情?どういうこと?」

「失礼だからあまり突っ込んで聞かなかったけど、特に喜びすぎたり悲しみすぎたりすると大変だから難しいとか、そんな話だったと思うよ。・・・ちょっとタクミ、ご飯食べ終わったからって頭を横に置くのやめなさいよ。息子でもさすがに気味が悪いから」


翌日、タクミはナオが転校することを知った。仲が良かったわけでもないが、転校すると知ると動揺している自分に彼は気がついた。

その日の休み時間に、新しい技を見せろと友達たちにせがまれて、大見えを切った手前断ることも出来ずにタクミは体育館に向かった。

ラインに立つと彼は頭を外してシュートの姿勢をとった。コツはもともとの視線の延長線上に取り外した頭を構えることだ。そしてリングにぶつかることを恐れずに思い切って放つ

タクミは軽く跳んで自らの頭部を手首をうまく使って投げる。すこし左に軌道が逸れた。しまったと思うがはやいか、右頬をリングが打ち、跳ね返って今度は額をリングが弾いた。しかしそれでも最後にはタクミの頭はネットを揺らし、そして落ちる寸前にうまく噛み付いてネットから頭だけがぶらんと垂れ下がった。

またもクラスメイトはそれを見て歓声を上げた。その歓声はすこし悲鳴にも似て、必ずしもその離れ業を讃えるものばかりでもなかったが、タクミの耳にはその声は届かなかった。バスケットゴールの網に噛みつきながら、体育館の端からこちらを見ているナオの姿を彼の目は捉えていた。


放課後、タクミは部活を終えて教室に戻ってきた。もう暗くなっていたが、教室にはまだ明かりがついていて、誰かが残っているようだった。ある種の期待を胸に彼は教室に向かった。そしてその期待は当たる。

「まだ、帰んないの?」

タクミは席に座っているナオに声をかけた。彼女は驚かない。

「うん、そろそろ」

「そう」

タクミは自分の机の引き出しから、持ち帰る必要もない教科書を取り出して鞄の中に入れた。

「今日、悪かったよ。また、変なことして」

「いいよ、別に。もう、大丈夫だし」

ナオはカバンを持って立ち上がる。タクミは少し声を上げて言った。

「あれさ、ぶつかると痛いんだよ。その上苦しいし。でもウケたんだ」

「見てたからね、知ってるよ」


帰り道、二人は少し距離をあけつつ並んで歩いた。道は暗く、ときどき街灯の下でそれぞれの顔が照らされた。

「いつまでなの?」

「今学期。もうすぐだよ」

やがて道は二手に分かれる。「じゃあ」とだけナオは言って向こうへ行こうとした。

「あのさあ」

呼び止めたが、タクミは何を言うべきか考えていなかった。

「あの、お前いなくなるとさ、俺一人なんだよ。ほかにいないんだよ、鈴木が」

「うん」

「それでさ、鈴木ってさ、やっぱり俺、いやだったんだよ、鈴木であることが」

「うん」

「でもさあ、自分でもバカらしいって分かってるんだけど、例のバスケのやつすげえ練習したんだアレ。そしたらなんか、どうでもよくなったんだよ全部」

「・・・うん」

「だからさあ、なんていうか、ほら。お前のは俺のとは違うんだろう。パッと見て分かるのばっかじゃないのは知ってるから。でも抱えてるだけじゃなくてさ。なんつうか」

「・・・」

「たぶんお前のだから多分俺のよりいいやつだし、隠すことないし・・・とにかく今度、連絡するよ!」

その瞬間、ナオの背中のあたりがパッと光った。そしてひゅーと甲高い音が鳴り響き、彼女の頭上10メートルあたりのところで小さく花火がパンと開いた。赤い円はゆっくりと下がり、やがて消えた。

「お互いハズレだね」とタクミは言った。

「君のよりはマシだよ」とナオは笑った。

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