第35話 空閑奏Ⅴ
「運動を控えろっとことですか?」
「別にダンスとかランニングはいいけど、格闘技とかアクションとかは、怪我でもされたら困るからね」
事務所のお偉いさんから、呼び出された。
「そりゃ、アザぐらいはできますよ。でも、アザなんかメイクで隠せます」
「それじゃ済まないこともあるだろう。モデルの仕事は、それじゃ困るんだ」
「私はあくまでも女優です。モデルはついでです」
「ついでってことはないだろう。顔が売れなきゃ、仕事も来ない」
それぐらいわかるだろうという口調だ。
「わかりました」
「そうか、じゃ、よろしく頼むよ」
「わかったというのは、この事務所じゃ私のやりたいようにやれないってことです。辞めるので、手続きをお願いします」
「おいおい、冗談は止めてくれよ」
「冗談じゃありません。本気です。辞めさせてもらえないなら、弁護士を立てます」
奏の宣言に、お偉いさんの顔が青くなり、そして、赤くなった。感情で顔の色って本当に変わるんだ。面白い。
「おい、お前、ふざけてるのか! ここを辞めてやってけると思ってるのか」
「はい。自信はあります」
お偉いさんは、最初、奏の言葉を理解できなかったようだが、奏の言ったことを理解すると、不敵な笑みを浮かべた。
「そうか。そこまで言うなら勝手にしろ。後悔するなよ」
後悔なんかするかバカ。
ミカさんは、自分で自分の道を切り開いたんだ。
同じことをできなきゃ、追い越すことなんか、できないだろうが。
できなきゃ、私に実力がなかった、それだけの話しだ。
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フリーになった奏が実感したこと。それは、事務所の力だ。今まではオーディションでも一次は免除、ときには、事務所の先輩の出演とバーターで仕事が入ることもあった。
だが、今はそんな甘い話は一切ない。一からオーディションを受け、一段一段、階段を上がっていかなければならない。だが、そもそもそれが当然なのだ。実力があれば受かる、実力がなければ受からない。それだけの話しだ。
そして、奏には、自他ともに認める実力があった。たぐい稀な容姿に加え、高い身体能力を生かした演技力、表情、声を自由に操る表現力。オーディションに通らないまでも、奏の評判は少しずつ業界に広まっていった。
やがて、端役ではあるがネット配信ドラマのレギュラーを獲得した。
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「君に話がある」
シーズン1終了後、ネットドラマのプロデューサーから呼び出された。
「主演の子から、君を降ろせって言われてるんだ。君は目立ちすぎるって。だから、辞めてもらうことにした」
プロデューサーの鈴木が、奏の目を見て言った。
「そうですか」
そういえば主演の女優は、以前いた事務所の所属だったな。たいして演技力もないくせに事務所の力で役をとったのか。今回の件は、ジュラベックの圧力か。今までは奏の邪魔をしてこなかったが、奏が成功しそうになったタイミングを見計らって潰しに来た。やり方が汚いが、いかにもあいつらがやりそうなことではある。
それに、このプロデューサーは、たしか昔ミカさんを切った奴だ。
「わかりました。日本には私の居場所はなさそうですね」
こんなくだらない連中に付き合っても時間の無駄だ。ハリウッドのオーディションを受けよう。アクションができる若手の東洋人女優という点を売りに出せば、需要はある。英語も、ネイティブ並みに話せるように勉強してある。
「ちょっと、待ってくれ」
さっさと帰ろうとする奏を、鈴木が呼び止めた。
「辞めてもらうのは主演の子だ。君にはシーズン2で主役をやってもらいたい。昔、俺は実力のある子を切ったことがあって後悔した。だから、本当に実力のある子を使うために、テレビを辞めてネットに移ったんだ。もう、くだらない圧力には屈しない」
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