第34話 ライバル

「いったい、何なのあの子!」

 愛子が憤るのも無理はない。奏はあえて実力を見せつけるかのように、ミカと同じ舞台やドラマに自分自身で共演し、共演しないときは対抗の作品に出演していた。まるでミカを潰すのが目的かのようだ。


 奏の評判が上がれば上がるほど、ミカの評価が落ちる。まさに超新星のように輝く奏の、今ではミカは完全に引き立て役だ。そして、奏の活躍とともに、アクトノイドそのものの評価も下がり始めた。


「まるで、ミカさんに恨みでもあるみたいじゃない。いったい、ミカさんが何をしたってのよ」

「私、昔、あの子にあったことがある」

「えっ?」

 最初の共演の後しばらくして、昔の記憶が蘇った。


「私が高校の演劇部で全国大会に出た時、あの子が観に来てた」

「よくそんなこと覚えてますね」

 愛子が感心したような顔をする。


「うん、普通は一人ひとりの観客を覚えてるなんてことないけど、演技が終わってメイクを落とすためにお手洗いに入ったら、あの子が話しかけてきたんだ。ものすごく感動したって」

「へー、いい子じゃない。今と違って」

 愛子が口を尖らせる。


「今まで見たお芝居の中で、いや、テレビや映画の中でも、一番面白かったって言ってた。そんなお世辞いいよって言ったら、本気で言ってるんですって怒ってきた」

「さすが、ミカさん」

「それで、どうしたら演技がうまくなるのかって熱心に尋ねてきたから、自分がやってきたことを教えたの。サインもねだられた」

「なんか、ミカさんを恨んでるって言うよりも、ミカさんのファンみたいじゃん」

 いったいどういうことなんだろうと、愛子が不思議な顔をした。


「でも、最後にこう言った。私は、あなたのファンじゃありません、私は、あなたのライバルですって。10年後、あなたに追いつきます、いいえ、あなたを追い越しますって」

「まさか、それじゃ?」

「本当に、私を追い越しに来たんだ」

 ミカの告白に、愛子が唖然とした顔をした。


「10年前って、あの子何歳? 今たしか20歳だったから、10歳でそんなこと言ったの? なんて、生意気な」

 確かに、普通に考えれば、生意気な子供の戯言だ。誰も本気にしないだろう。だが、あの子の態度は本気だった。そして、本気で追いかけてきた。いや、すでに追いつかれているのかもしれない。


「だいたい、ミカさんを追い越すなんて100年早いっての!」

「本当にそう思う?」

「えっ?」

 現実に、奏には競い負けている。少なくとも観客はそう思っている。


「愛子の目から見て、今の私をどう思う?」

「どうって、ミカさんは凄いと思いますが」

「いつがピークだった?」

「えっ? ピーク? それは」

 愛子が一瞬、答えに詰まった。


「ありがとう」

 これが、最近感じていた違和感か。正直な愛子のことだ。もし、ミカの演技力が常に向上していたら、ミカの質問に「そんなの今にきまってるでしょ」と即答したはずだ。一瞬でも、答えに詰まるということは、無意識に愛子も気がついているに違いない。


 奏に競い負けているもう一つの理由。最近、演技の精度が落ちている。体調が悪いわけでも、スランプに陥っているわけでもない。だが、演技に切れがなくなってきている。なぜだか自分でもわからないが、奏への闘志が今ひとつ湧かないのも、それが原因かもしれない。


「それに、あの子には生まれつきの容姿の美しさがある。それも、とびっきりの」

 ミカの不調に加えて、更に、奏にはミカが持っていない天性の容姿がある。


「それは、そうかもしれないけど」

「それだけじゃない。間違いなく実力の裏付けがある。少なくとも身体能力は私と同じか、それ以上ね。あれだけの身体能力は、そうとう鍛えないと身につかない。アクションやるために、数ヶ月特訓しましたって感じじゃない。あれから10年、本気で鍛えてきたんだと思う。ふつう、あれだけの容姿があると、事務所が格闘技とかアクションとか体に傷がつくような仕事は、あまりさせないんだけどね」

「あの子は事務所に所属しないで、フリーでやってるみたい。だから、自分で仕事を好きなように選んでるんだと思う。前は、ジュラベックにいたらしいだけど」


 ジュラベック? 業界最大手の芸能事務所だ。そこを辞めてフリーになった?


 フリーになれば確かに仕事の自由度は上がるが、当然のことながら事務所のサポートが受けられなくなる。実績のあるベテランならともかく、若手で自らフリーになるケースは稀だ。自分の場合は、そもそも他に選択肢がなかったから、フリーでやっていたにすぎない。


 なぜ辞めた? 辞める理由なんか無いはずだ。

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