第32話 超新星誕生

「じゃあ、もう一回行く。今度は、本気でやれよ」

 健児監督の激が飛んだ。


「監督、お願いがあります」

「今度は何だ」

 健児監督が不機嫌に聞く。


「セリフありでお願いします。その方が感情が乗るので」

「今回は、動きを見るだけだ」

「私の最高の演技を見て欲しいんです」

 いい加減にしろ、といいたい言葉を健児監督がぐっと飲み込んだ。面倒なことは、さっさと終わりにしたい。


「アクトノイド部隊の方はどうだ? セリフ付きでやれるか?」

「はい。台本は読んでます」

「わかった。それじゃ、セリフ付きでやる」

 自分の思い通りになった状況に満足し、奏の顔の笑みが浮かぶ。


「準備できたか? じゃ、始める。アクション!」

 健児監督がカチンコを鳴らす。


「おい、覚悟はできてるだろうな」

 ドスを効かせた声で、男が奏を脅す。

「おい!」

 奏の台詞の番だ。しかし、奏が何も応えない


「お、」

「覚悟ね」

 再度の催促を遮るタイミングで、奏が不敵な笑みを浮かべた。


「覚悟ならできてるわよ。自分の手を汚す覚悟がね!」

 奏の挑戦的な言葉が、男を刺激する。


「この野郎。いい度胸だ!」

 男が、刀を上段から振りかぶる。さっきよりも、一段回スピードが速い。

「はああっ!」

 奏が右に体を開いて刀を躱しざま、裂帛の気合とともに、回し蹴りを男の背中に叩き込んだ。


「うぉおおー!」

 奏の背後にいた男が、左斜め後ろから奏の喉を突く。

 当たった! と思った瞬間、奏が間合いの外に下がる。すぐに、男が間合いを詰め、もう一度、突く。

 奏の更に一歩下がり、男が三度目の突きに入った瞬間、奏が男の懐に飛び込み、一本背負いをかけた。


「てめぇ。死ねぇー!」

 隙きを見せた奏の背後から、残った一人が、奏の脳天に刀を振り下ろす。


 頭が砕ける直前に、奏が振り向き、白刃取りをする。


 奏の顔が鬼の形相になり、白刃取りした刀をねじ飛ばした。奏が男の腹に正拳突きを食らわす寸前、

「危ない!」

 ミカの口から悲鳴が出た。


 ねじ飛ばされた刀がフロアー当たった瞬間、刀の先端が折れ、破片が奏の顔に向かって一直線に飛ぶ。


「はぁ!」

 奏が男の正拳突きを食らわし、直後、飛んできた破片を回し蹴りで跳ね飛ばした。


 奏が仁王立ちで、打ち倒された三人の男たちを見下ろす。そのまま、暫くの時間が過ぎた。


「監督、終わっていいですか?」

「カ、カットー!」

 周りの群衆と同様、目の前に出来事に我を忘れていた健児監督が、奏の言葉に慌ててカットをかける。


「すごい」

 ミカも、いつの間にか両手を固く握り締め、その中は汗が滲んでいた。


「アクトノイドを使うと、どうしてもそれに頼って緊迫感が損なわれるんです」

 さっき見せた鬼の形相はいつの間にか消え去り、奏が冷静な口調で持論を述べる。


「それと」

 奏が折れた刀の先端を拾う。


「道具の管理も雑になります。こういうところが問題なんです。現場全体に緊張感がなくなる」

 奏が周りを見回すと、皆が目を合わせないように伏せた。


「いかがですか、陳監督。テストは合格ですか?」

 奏の目は、もし自分を落としたらお前の目は節穴だ、あたかもそう言わんばかりだ。

 しかし、健児監督は奏の問に応えず、腕組みをしている。


「監督、いかがですか?」

 藤堂も催促するが、まだ、健児監督は腕組みをしたまま考え込んでいる。


 皆が健児監督の対応を待っていると、監督が顔を上げた。


「よし、決めた」

 健児監督の目に決意の光が宿る。

「脚本は全て白紙に戻す。空閑さんを主演にする」


「監督、ちょ、ちょっと待って下さい!」

「今からじゃ、スケジュールが」

「いきなり新人を主役って、プロモーションはどうするんですか」

 突然の監督の宣言に、皆がパニックになった。


「できない理由はいくらでもある。だが、できる理由が一つだけある。それが、空閑奏だ」


 ミカが築き上げて来た居場所が、一つ一つ奪われていく、これが最初だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ”生身の人間の逆襲、始まる!” -映画評論-

 ”アクトノイドを超えた! その名は空閑奏” -ワールドエンタ-

 ”1000年に一人、いや、一万年に一人の逸材現る!” -週間アクトレス-

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