最終章 ラストステージ
第26話 新人女優
『日本最優秀女優賞、今年もアクトノイド、受賞ならず』
昨日、日本最優秀女優賞が発表され、『さよなら愛しい人よ』で主演した工藤珠代が二回目の受賞となった。五年前に上演されたアクトノイド舞台『ピグマリオン』の成功以来、舞台、映画、ドラマと、瞬く間に人間の俳優を置き換えていったアクトノイドだが、権威ある賞は未だに与えらていない。多くの演劇ファンからは、旧態依然の業界に対し、失望の声が上がっている。
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「どう考えても、ミカさんのほうが実力は上ですよ」
楽屋で愛子が憤る。ピグマリオンの舞台以降、業界内でのミカの評価はうなぎのぼりだ。舞台、映画、ドラマとひっきりなしにオファーが途切れることなく、忙しい毎日を送っていた。
「でも、今度こそミカさんですよ。もう、殆どの作品がアクトノイドによって作られてますからね」
アクトノイドをフルに使った
もう、ミカの実力を過小評価する人間はいない。皆が、ミカの実力を正当に評価している。オファーが途切れないのは、その証拠だ。頭の固い連中は、未だアクトノイドを認めないが、認めなたくなければそれでいい。
やっと、ミカの望んだ時代になった。そう、そのはずだ……。
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健児監督の新作アクション映画。ミカは、すでに常連でオーディションもなく、当て書きで役をもらっている。今日は、その顔合わせだ。
「監督、また呼んで頂いて、ありがとうございます」
「やぁ、ミカさん。こちらこそ、いつもありがとう。今回も、よろしく頼むよ」
「はい、頑張ります」
すでに顔なじみとなっているため、雰囲気は悪くない。これなら、今回も成功しそうだ。
「ただ、ちょっと今回は、スポンサーが口出ししてきてね」
「そこらへんは、以前から変わりませんね」
「まぁ、向こうも金を出してるんだから、何のメリットもないというわけにもいかないだろう。今度、CMに抜擢した新人の女優を使えって言ってきてるんだ」
演技力の必要な舞台や映画は、すでにアクトノイドに置き変わっているが、企業イメージを売りにするCMは、未だに美貌のモデルが活躍している。特に、ライフスタイルに直結するような商品の場合は顕著だ。人間が使う商品の宣伝なのだから、ある意味当然と言える。
「役は、こちらに任せるっていわれてるんで、そこはありがたいけどね」
「どんな人なんですか?」
「僕もよく知らない。今日、初めて会うんだけど、ストーリーに影響ない範囲で、適当に出番を作れば問題ないだろう。ただ、ちょっと気になるのは、スポンサーの担当者がいかにも自信満々な感じで、会えばびっくりしますからって得意顔でね。まぁ、最初にアクトノイドを見たときの驚きに比べれば、何を見ても驚くことなんか無いけどね。じゃ、後で!」
ハハハと笑いながら、健児監督が立ち去った。
陽気な健児監督の後ろ姿とは裏腹に、なぜか、ミカの心がざわついた。
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監督、脚本家、主要なアクトノイドを操る役者陣が集まり、キックオフの準備をしている。
「あとは、スポンサーと、例の新人女優だけです」
「道路が混んでいて、少し遅れそうだと連絡が入りました」
「そうですか」
何度も経験している、いつもどおりのキックオフのはずだ。しかし、今回は、なぜか皆、落ち着きがない。まるで、大地震がくることを不思議に察知する動物たちのようだ。
「
スタッフに案内されて部屋に入ってきたのは、物静かな紳士だった。
「遅れて申し訳ありません。貴凰堂広告部門のチーフをしております
いかにも化粧品メーカーといった品が良く、高級でいて華美を感じさせないスーツをまとい、人間味溢れる笑顔を見せる。タレントなど使わなくとも、この人がCMに出れば、どんな商品もヒットしそうだ。
「この度は不躾なお願いをし、陳監督には大変申し訳ないと思っております。私どもが出資する際は、あくまでも作品そのものを応援したい、そして、作品がヒットすれば、それを支えた一員として我が社をもっと身近に感じていただければと、あくまでも裏方に徹するのが我が社のポリシーなのですが、今回だけは、どうしても無理をしてもお願いしたい、例え、スポンサーのゴリ押しと思われてもかまわない、そう思ってこちらにお邪魔した次第でございます」
紳士的な藤堂には似合わない熱意がこもった口調だ。
「最近、我が社のCMに出て頂いている”
まるで、十代のアイドルの追いかけのような情熱だ。
「これは私の個人的な見解ではなく、我が社の総意です。もし、彼女が本作に出演するにあたり、スケジュールの調整や台本の修正、その他諸々の費用が発生した場合、それらは全て我が社が追加で出資します」
藤堂から本気度が、ビンビンと伝わってくる。
「たいへん失礼しました。少し、力が入ってしまいました」
藤堂が一息ついた。
「では、ご紹介します。女優の
「はじめまして、空閑奏です」
一人の女性がドアを開けて入ってきた。
女性、いや、少女?
一瞬、ミカの頭に、相手の年を計る思いがよぎったが、それは一瞬だった。
ミカの脳内で光が爆発し、体中の血が沸騰した。激しい運動をした直後のように、バクバクと鼓動が上がり、体中の幹線から汗がにじみ出る。
陶器のような滑らかな肌。
一瞬、金髪がたなびいているのかと錯覚した、輝くような長い黒髪。
水色のワンピースに覆われた体は、ちょうど少女期を脱出したばかりの大人の女性だ。豊かすぎない胸の膨らみと、引き締まった腰のくびれは、爽やかな色気を醸し出す。
スラっと伸びた手足は、しなやかな筋肉に覆われ、細すぎず、モデルのような美しさとアスリートのような力強さが、完璧にバランスを取っている。
薄いピンクの口紅を指した唇は、天上の声を紡ぎ出しそうだ。いや、先程、聞こえた声は、まさに天使の声だ。
その完璧な造形の顔立ちで、ひときわ目を引くのは瞳だ。澄んだ瞳は汚れのない少女のようでありながら、見つめる相手の心の底まで見通すような叡智が覗く。
誰一人、呼吸さえしていないかのように静まる部屋を、その少女は、まるで重量などないかのような足取りで歩いてくる。
誰かが、つばを飲んだ音が聞こえた。いや、それは、ミカ自身だ。まるで異性に恋をしたように、胸が熱くなる。
しかし、その少女が歩いて向かう先は壇上ではない。その少女はミカを目指し、真っ直ぐに歩いてきた。
「10年ぶりです。ミカさん」
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