第五章 ひと目あなたに

第21話 アドリブは苦手です

「避妊しなかった方が悪いと思います」

「自分の排卵日ぐらい、ちゃんと管理すべきだ」

 愛子と流博士がミカを責めたてる。


「そんなことは、わかってるわよ。でも、向こうが協力してくれなくて」

「そんな言い訳は通用しませんよ。なんで、もっとちゃんと言わなかったんですか」

「無理やり乱暴されたってわけじゃないんだから、自己責任だ」

 怒りをぐっと堪えた。


「だいたいですね。生まれてくる赤ん坊の世話はどうするか、ちゃんと考えてたんですか。お金がかかることぐらい、誰だってわかりますよね。病気じゃないんだから、準備してないなんて言い訳は通用しませんよ」

「養育費を請求したけど、払ってくれなくて」

「そもそも、相手の子どもだって証明できてないだろう。それで、養育費を請求しようたって、虫のいい話だ」

「他に誰がいるっていうのよ!」

「それは、君が勝手に主張しているだけだ」

「ふ、ふざけんなー!」

 とうとう、ミカの堪忍袋の緒が切れた。


「ダメだな。話にならない」

「全然ダメですね。切れてどうするんですか」

「誰だって、こんな事言われたら、頭くるわよ!」

 ミカの怒りが収まらない。


「議論で感情をあらわにしたら、その時点で負けだ。『だから女は』って言われてしまうぞ」

「男だって、感情的になるでしょうが! 流博士だって、紗弥がラブシーンを演じたときや、美登利が外出したとき、感情的になったじゃない!」

「そのことは、今は関係ないだろう。そういうところが、感情的だと言うんだ」

「納得いかない!」

「ミカさんが納得するかどうかは、関係ないんです。議論を聞いている人が、納得するかどうかが重要なんです」

 愛子の正論に、ぐぅの音も出ない。


「やはり、この仕事は断ろう」

「下手に受けたら、かえって問題が大きくなりますね」

 二人の諦め顔に、ミカがいたたまれなくなる。


「ちゃんと台本さえあれば、絶対にうまくやれる自身があるんだけど」

「全てのパターンを事前に作るのは無理だ。想定外のやりとりが必ず出てくる。その時は、アドリブで臨機応変に対応する必要があるが、今の感じじゃ無理だろう」

 ミカの力ない言い訳に、流博士がダメ出しをした。


「なんとかなりませんかね」

「さすがに、今回はどうしようもないかもしれない」

 流博士の顔が絶望に沈む。


 今回、アクトノイド俳優ロボットを操るアクトノイド・パフォーマーとして活躍するミカに来た依頼。


 それは、……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る