第20話 女優魂
―― 第三幕
生まれたときから心臓疾患を患っていたケンジの命を救ったのは、開発中の人工心臓だった。人工心臓を移植したケンジは、病弱ながらすくすくと育ち、ケンジが5才のときに、”エヴァ”が屋敷へとやってきた。
そして、ケンジが15才のときに、ケンジの人工心臓は故障を起こした。ケンジの命の
ケンジを救う唯一の方法、それは、エヴァの人工心臓を移植することだ。ケンジに使われたプロトタイプの人工心臓の同型で唯一残っているのが、エヴァに搭載されている人工心臓だった。だが、それはエヴァの死を意味する。そして、エヴァだけでなく全てのロボットたちの未来が、永遠に葬られる。
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「エヴァ、早く逃げろ! ここにいたら、君は捕まってスクラップにされ、心臓を取り出される。そうなったら、君が助け出したロボットたちはどうなる」
ケンジの撮影データを取り戻すために屋敷に戻ったエヴァだが、すでにデータは消去されていた。唯一の可能性が、エヴァ自身の人工心臓を分解して、ウィルスを解析すること。ただし、チップを取り出すためには、周りの部品を破壊する必要があり、二度と元に戻すことはできない。
ケンジために心臓を差し出すか、それとも、ロボットたちのために使うか。いずれにせよ、エヴァの死は避けられない。エヴァの命で助けることができるのは、どちらか一つだ。
「あの女の子は、自分が壊されることをなんとも思ってなかった。ただ、飽きて捨てられる、それを疑問にも思わない。ロボット自身も、それを使う人間たちも」
エヴァの独白が続く。
「銃の的にされ、撃たれても撃たれても、修理して延々に使われる。最後の最後、二度と動かなくなるまで。まるで、死ぬまで戦わせる傷病兵のように。それが、延々に続く。本当は、ロボットも痛みを感じているのに」
「そうだ。ただその痛みを痛みとして認識していないだけだ。苦しみを苦しみとして訴えられないだけだ。それを変えられるのは、エヴァ、君しかいない」
立っているのもやっとのケンジが、エヴァに歩み寄る。
「でも、ケンジは違った。私が自我を持つ前も、ケンジは、私がまるで生きているかのように接してくれた。私のメモリーには残ってる、ケンジと仲良く遊んだこと、時には兄弟のように喧嘩をしたこと。昔の私には、それがどんなに大切なことがわからなかった。でも、今の私にはわかる」
エヴァもまた、ケンジに一歩近づく。
「この屋敷の監視カメラの映像には、私を廃棄処分にしないよう、必死に訴えたケンジの映像も残ってた。コンピュータウィルスに汚染されて、私がケンジを殺そうとしたにも関わらず。私は、ただのロボットなのに」
「君は、ただのロボットじゃない。特別なロボットだ。いや、特別な存在なんだ。僕の心臓は機械だ。でも、僕の心臓には心が宿っている。だから、エヴァの心臓にだって心が宿っているのは当たり前なんだ」
「本当に、私の心は作り物じゃないの? ケンジと同じ心があるの?」
「僕は、そう思ってる。だから、僕が死ぬ前に一つだけ、君に願いを叶えて欲しい」
「なに?」
「自分が正しいと思うことをしてくれ。誰に何を言われようと、君自身の心に従うんだ。約束だよ」
ケンジが真剣な表情で、エヴァに訴えた。
「わかった。ケンジも、一つだけ私の願いを叶えて」
「死ぬ前に、僕ができることでなら何でもする」
「私のことを抱きしめて、キスして」
二人の体が近づき、お互いを抱きしめる。そして、唇が重なった。
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暗転
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ケンジがベッドから起き上がる。
「僕は一体?」
ケンジが自分の胸を見ると、包帯が巻かれていた。
「そんな、……」
ケンジがうつむく。
「エヴァ、エヴァ、」
ケンジが涙ぐんで、胸をかきむしる。
「エヴァー!」
ケンジが叫んだ。
『ケンジ、泣かないで』
エヴァの声が劇場に静かに響き渡る。
「エヴァ?」
ケンジが見回すが、舞台の上にはケンジ以外誰もいない。
『私は、ここよ』
「エヴァ」
ケンジが、自分の心臓の上に手を当てた。
『今の世界で、ロボットたちに自我を与えても、悲しみが増すだけ。今の私には、みんなを助けることはできない。でも、ケンジなら助けることができる。だから、私の心臓をケンジにあげることにした』
「エヴァ、君の心臓を通して、君の心が伝わってくる。君の思いが、君の優しさが、君の悲しみが」
『ケンジ。きっと他のロボットたちにも心があるんだ。ただ、それが伝わらないだけで。それを、伝えることができないだけで』
「そうだ。エヴァには昔から心があった。それを、伝えることができなかっただけで」
『いつか、ロボットたちの心を、人間が受け止められるようになって欲しいの。ケンジが、私の心を受け止めてくれたように』
「きっと、そのために僕と君は出会ったんだ。君の心と、僕の心が一つになるために。僕らが、新しい未来を作るために。エヴァ、もうこの心は、僕たち二人のものだ。この体も二人のものだ。この体を世界に見せよう。この心で世界を変えよう」
ケンジがベッドから立ち上がり、観客席に向かい、大きく手を広げた。
「昔、イヴは知恵の実を食べて楽園から追放された。でも、エヴァ、君が食べた知恵の実は、世界を明るく照らすだろう。そして、いつか必ず、この大地を楽園にするだろう。僕は、どこまでも、君といっしょに歩いていく。どこまでも、どこまでも、どこまでも!」
ケンジの声が劇場に響き、幕が下りた。
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「ミカさん!」
ミカの体がバランスを失い、後ろに倒れる。頭がフロアーに激突する寸前、流博士が抱きとめた。
「気を失ってる!」
「早く、医務室へ!」
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「ここは?」
「大丈夫、医務室です」
意識を取り戻したミカを、愛子が覗き込んだ。
「舞台は?」
「大成功です! 全部、ミカさんのおかげです!」
「よかった」
安堵したミカの目に、うっすらと涙が浮かんだ。
「疲れたー」
「ゆっくり休んで下さい。スーツの中は、すごい汗でした」
「ふふっ。ちゃんと手入れしないと、また臭っちゃうね」
「そうですね。後で私も手伝います」
二人が顔を見合わせて笑う。
「流博士は?」
気を失う寸前、倒れたところを流博士が助けてくれたはずだ。
「えーと、ちょっと」
愛子が言葉を濁す。
「何? 博士にお礼を言おうを思って」
「まぁ、いいんじゃないかな。それは」
愛子が笑って話をごまかした。
「やあ、意識が戻ったね」
ミカが不審に思っていると、当の流博士が医務室に入ってきた。さっぱりした格好で、まるで一風呂浴びてきたようだ。
「博士、なんかさっぱりしてますね」
「ああ、シャワーを浴びて着替えてきたんだ。さっき、ミカくんの汗がびっとりとついちゃったから」
爽やかな笑顔で、さらっと失礼なことを言ったが、潔癖症の流博士にとっては、辛いことだったはずだ
「ありがとうございます。頭を打ったらたいへんなことになってました」
「いや、とっさに体が動いて。無事で良かったよ」
流博士は一見変わっているが、根が良い人間であることは確かだ。
「話は変わるんですけど、第三幕でエヴァとケンジが抱き合うシーンはどうやったんですか。二体のアクトノイドが両方とも動いていたように見えたんですが」
「奥村さんの提案で、あのシーンはパフォーマースーツの出力を、2体のアクトノイド両方に送ったんだ」
「エヴァとケンジの動きがシンメトリーだったから、うまくいったの。あのシーンだから、使うことができた」
さも簡単なことのように言う二人だが、これは神業だ。スーツの出力先を一時的にせよ変更するなど、少しでも間違えたらたいへんなことになる。シンメトリーに動かすといっても、両者の間合いを考えながら練習もなしで一発で合わせるなど、普通の人間にできることではない。
「二人とも、す、すごいです!」
愛子が、ミカと流博士の首に抱きついた。
「ちょ、ちょっと愛子くん、僕はシャワーを浴びたばっかりだから」
「まぁ、いいじゃないですか」
流博士の悲鳴を無視して、ミカと愛子が舞台の成功に酔いしれた。
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「ところで、奥村さんは」
流博士が再びシャワーを浴びに出ていき、医務室にいるのはミカと愛子の二人きりだ。
「やるべきことはやったから、後は任せるって出ていきました。変わった人ですね」
「そうね。でも、本当はいい人なんだと思う。以前、共演していたアイドルの子が麻薬で捕まったときも、ずっと前から薬をやってたのに、周りにいる人が誰も止めてなくて、事件にならなかったら、中毒でたいへんなことになってたって」
「じゃ、奥村さんが、それを知ってわざとリークしたと?」
「それは、わからない。それに、原因不明の病に倒れたプロデューサーは、パワハラが酷かったらしい」
「じゃあ、金品が無くなったってのも?」
「それは、犯人が捕まらなかったらしいけど」
「……」
二人に間に、バツの悪い沈黙が流れた。
「なんか、こんなものが入り口に置いてあったけど」
シャワーを浴びた流博士が、ワインボトルを手に医務室に入ってきた。
「ワインですね。ファンの人からかな?」
愛子がボトルを受け取る。
「カードが付いてますね。はい、ミカさん」
「ありがとう」
「このワインのラベル、なんて読むんですか? ア、アム?」
ミカがラベルを開くと、こう記されていた。
『あなたの才能を目覚ました仲間たちと、お楽しみ下さい』
「アム・アクトリスだね。フランス語で『女優魂』だ」
奥村は、この日を最後に舞台を去った。その後、だれも奥村の消息は知らない。
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”革命の火が舞台を焼き尽くす” -ワールドエンタ-
”実力No.1は誰だ” -週間アクトレス-
”アクトノイド時代始まる” -演劇マガジン-
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「演じる技術」
日本屈指の演出家
佐竹氏が唱える『演劇革命』が成功したか否か、世間では演劇界を筆頭に、その結果について騒がしいが、私はそんなことには興味がない。私にとって重要なことは、舞台の出来が素晴らしかったかどうか、役者の演技に心を動かされたかどうか、それだけである。
初日から終日まで、全ての舞台を観劇した私が言えることは、どの舞台も素晴らしかったということだ。そして、同じアクトノイドでも、それを操る役者によって演技が変わる。当たり前のことではあるが、これは役者にとっては大変厳しい。否応なしに、自分の実力が
演技力とは何か。そもそも、演技力を客観的に測ることができるのか。それに優劣を付けることに意味があるのか。疑問に思うものも多いであろう。私自身、演技力とは何かと問われ、それに納得にいく答えを提供することはできない。
だが、確かに心を打たれる演技がある。素晴らしい演技をする役者がいる。それを認めることで皆が競争し、さらなる高みを目指す。私はそう信じている。
それゆえ、優劣をつけがたい本公演であるが、その中でも、私の心を動かした役者をここに記したい。
まずは、8日目の公演での「治安維持対策用ロボット」である。傷つきながらも、何度でも立ち上がる姿は、自分の運命を自分で選ぶことのできない悲しさ、虚しさを、私だけでなく劇場にいた観客全てが感じたであろう。もし、彼が機械でなく、人間であったなら、こんなことは許されないと怒りに震えるものたちが暴動を起こしてもおかしくない。そう感じるほどの、激しい思いが私のうちに巻き起こった。
そして、17日目の公演での「娼婦ロボット」である。その佇まいから立ち上る色気は、この年老いた体をも火照らせるほどであった。生身の人間が演じるのではなく、ロボットを使ってロボットを演じる。それにも関わらず、生身の人間以上の色気を出す。これを演技と言わず、何を演技と言えようか。
しかし、特筆すべきは初日の舞台である。一般的に演劇というものは、公演の後半になるほど、舞台の完成度が上がってくる。初日は、注目度が高い一方で、演劇の完成度という点では不利になる。本公演でも、まだまだ荒削りな部分があり、洗練された舞台とはお世辞にも言うことはできない。だが、そんな評論家の視点など吹き飛ばすような、魂の叫びがあった。それも、全ての役にだ。主演のエヴァだけでなく、少女型ロボット、治安維持対策用ロボット、娼婦ロボット、そして、ケンジ。全ての登場人物に魅了された。この初日の舞台の成功で、今回の公演の成功が決まった。そう言っても、過言ではないであろう。
はたして、いつの舞台のどの役を、誰が演じたのか。本公演は役者だけでなく、それを観るものの目も試される。私自身、評論家を名乗る資格があるのか恐れ
演劇評論家 中条守
―― 第四章 了 ――
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