第19話 開演

 ―― 第一幕

 町外れの建つ大きな屋敷。病弱な一人息子”ケンジ”の世話をするために、メイドロボット”エヴァ”がやってくる。

 ケンジの世話をして10年が経ったある日、ケンジが修学旅行で撮影したデータをエヴァに送信した際、エヴァがコンピュータウィルスに感染してしまう。暴走してケンジに怪我を負わせたエヴァは、シャットダウンされて廃棄処分となるが、処分場で再起動したエヴァは自我に目覚める。

 そして、自我を持ったエヴァが目にしたのは、不要になって捨てられるロボットたちだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 エヴァの目の前で、次々とロボットがスクラップにされる。


「お願い、やめて! 誰か、助けて!」

 エヴァの悲痛な叫びが舞台に響く。しかし、エヴァの助けに応える声はなかった。


 また1台、エヴァの目の前で、ベルトコンベアーの上をロボットが流れてきた。小さな女の子のロボットだ。そして、そのロボットは他のロボットと違い、まだ起動中だった。ロボットの顔がエヴァの方を向き、エヴァと目が合う。


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「今だ、切り替えるぞ」

 モニター上に、スクリプトが流れる。台詞と台詞の間のト書きに、アクトノイドを切り替えるタイミングを示す☆印が付けられている。☆印が画面上を上から下へとスクロールしてガイドラインに重なる瞬間、流博士がパフォーマースーツの出力先を、子ども型アクトノイドに切り替えた。


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「こんにちは」

 子ども型ロボットが、エヴァに話しかけた。


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「よし、うまくいった」

 安心したのもつかの間、すぐに新たな☆印がモニター上部からスクロール表示され、流博士がパフォーマースーツの出力先を、タイミングを合わせてエヴァに切り替える。


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「今、助けてあげる!」

 エヴァがベルトコンベアーを止めようとするが、ベルトコンベアーの流れは止まらない。子ども型ロボットは、刻一刻と破砕機へと吸い込まれていく。


「駄目、止まらない!」

 エヴァの顔が悲痛に歪むが、子どもの表情は変わらず、自分がもうすぐ破壊されることなど、なんとも思っていないようだ。


「お願い、早くそこから下りて!」

「どうして?」

「そこにいたら、あなた壊されちゃう」

「うん。私、捨てられたの。飽きたから、新しいロボット買うから、もう、いらないって」

「いいから、早く!」

 エヴァが、必死に助けようとするが、子どもはベルトコンベアーに横たわったまま、無表情にエヴァを見つめている。


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「すごい、一人で演じてるとは思えない」

「子どもと大人をうまく演じ分けている。それだけじゃない、エヴァには感情があり、子ども型ロボットには感情がないことが伝わってくる」

 ミカの演技に感心する愛子とは対照的に、奥村は冷静に演出家視点でミカの演技を分析する。


「水上さんは、きちんと、モーションコントロールと、エモーションコントロールができているようですね」

「モーションコントロールと、エモーションコントロール?」

「体の動きをコントールするモーションコントロール、そして、感情をコントールするエモーションコントロール。一つの役だけを演じるのであれば、それに没入してしまえばいいから、実はそんなに難しくはない。演じると言うよりは、自分が演じている役そのものになりきってしまうんです。傍からは、まるで本物のように見える。だが、あまりに深く役になりきって、心を壊すものもいます」

「メソッド演技ですか」

「そうです。ですが、本来演技とは技術です。それでは、演じているとは言えない。水上さんは、役に溺れること無く感情をコントールしている。だから、エヴァと子どもの演技を瞬時に切り替えることができている。一人で複数の役を演じるというのは、とても難しいんです」


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「だめだ。この子は、自分が壊されることをなんとも思ってない。どうにかして、コンベアーを止めないと」

 しかし、コンベアーは遠隔操作されており、近くに制御装置も見当たらない。


 子ども型ロボットが、頭から破砕機へと送られる。


 あと3m、

 あと2m、

 あと1m、


 破砕機が金属を潰す音が響いた。


 ガシャガシャ、

 キーン、


 まるで、断末魔の悲鳴のよう音を響かせ、破砕機が止まった。


 子どものロボットが頭が破壊される寸前、エヴァが自分の右腕を破砕機に突っ込んだ。


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「ミカさん、お疲れさまです」

「ありがとう」

 フルフェイス型HMDを外し、ラウンドが終了したボクサーのように、ミカが椅子に倒れ込む。滝のような汗をかいているミカに、愛子がスポーツドリンクを渡した。


「第一幕、すごかったです。お客さんの反応も上々です」

「上々か。第二幕は、もっと気合を入れないと」

 ミカが更に闘志を燃やす。


「他の役者たちも、最悪の状態は超えたようです。快方に向かっています」

 奥村が楽屋に入ってきた。


「今日さえ乗り切れば、明日からは通常の舞台に戻ります。逆を返せば、今日が君にとって最大のチャンスだ。引け目など感じずに、手に入れた幸運を最大限に活かしなさい」

「はい。そのつもりです」

 ミカの迷いのない返事に、奥村が笑みを浮かべる。


「第二幕は、この調子でやれば問題ありません。エヴァが街を歩き、虐げられているロボットを目にし、一体づつ、秘密のシェルターに連れて行く。エヴァの演じるシーンと、それぞれのロボットを演じるシーンとが、比較的はっきりと別れているから、それぞれを順番に切り替えて演じればいい。体力勝負ですが、大丈夫ですね」

「はい、問題ありません」


 ―― 第二幕

 少女のロボットを助けるために腕を失ったエヴァは、スクラップ置き場から動かなくなったロボットの腕を外して、自分の腕とする。はたして、動かないロボットは死んでいると言えるのか、ただ、眠っているだけではないのか、そんな思いを抱きながら。

 そして、少女のロボットとともに街を歩くエヴァが目にしたのは、虐げられたロボットたちだった。治安維持訓練のためにまとにされ、壊れるまで何度でも立ち上がり続けるロボット。生身の人間には提供できない特別な性的嗜好を持つ人間に、性的サービスを提供するロボット。そんなロボットを一体一体、助け出してシェルターに匿うが、助けたロボットたちは、エヴァのような自我を持っていない。目的もなく、ただ動くだけのロボットは、まるでゾンビのようだった。

 ついにエヴァは決心する。かつての屋敷に戻り、自分がコンピュータウィルスに感染するきっかけとなった、ケンジの撮影データを手に入れる。そこから、コンピュータウィルスを取り出し、助けたロボットたちに感染させる。全てのロボットたちに、自分のような自我をもたせる。

 しかし、屋敷に着いたエヴァを待っていたのは、死に瀕したケンジだった。


「問題は、第三幕です。第三幕では、エヴァとケンジの掛け合いがある。二体のアクトノイドを動かす必要があります」

「いくらミカさんでも、そんなことは不可能です!」

「だったら、舞台を中止にするしかない」

 奥村が冷徹に言い放つ。


「私に考えがあります。できるかどうかは、流博士と水上さん次第です」

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