第14話 死闘決着

「ミカさん!」

「大丈夫か!」

 オペレーションスクエアで仰向けに倒れたミカに、二人が叫んだ。


「だ、大丈夫です」

 ぜぇぜぇ、と苦しい息をしながら、ミカがスタンガンの電撃を受けた胸を抑える。


「実弾の衝撃なんて計算外だ。スタンガンの出力が設定した値を超えている」

 流博士の顔が真っ青になる。


「愛子くん、ミカくんのパフォーマースーツを脱がすんだ」

「はい」

「駄目です!!」

 オペレーションスクエアに上がろうとした愛子を、ミカが押し留めた。


「今やめたら、ミキちゃんが死にます」

 痛みのためか、ミカの顔からは脂汗が流れている。顔色も、相当悪い。


「しかし、今度また銃撃を受けたら、君の体もただじゃ済まない!」

 流博士も必死だ。


「駄目なものは駄目です。ミキちゃんを助けるまで、私は、ここから降りません! スーツも脱ぎません!」

「ミカさん」

 ミカの気迫に押され、愛子は、オペレーションスクエアのロープに手をかけたまま、それ以上中に入れなかった。


「うっ」

 立ち上がろうとしたミカが、再び膝をついた。

「ミカくん!」

「私は大丈夫です。それより、沙羅が……」

 ミカが再び立ち上がろうとするが、沙羅がミカの動きに付いてこない。無理やり立ち上がらせても、すぐに転倒する。


「銃で撃たれて転倒した衝撃で、バランサーがやられたんだ」

 絶望的な状況に、流博士が言葉を失った。


##########################


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「ミキちゃん」

 机の下に隠れていたミキが、倒れている沙羅ミカの隣にしゃがんで寄り添い、顔を近づけてきた。


「怪我したの」

「大丈夫よ。ありがとう」

 心配そうに見つめるミキに、沙羅ミカが応える。


 ―― こんなところで、倒れている場合じゃない。

 沙羅ミカが必死に立ち上がろうとする。だが、立ち上がれない。


『ミカくん、一つだけ方法がある』

 流博士の声が聞こえた。


『ロボットは、静止時よりも、動いている時のほうがバランスが安定する。より正確に言えば、早く動けば動くほど倒れにくい』

「でも、立ち上がれません」

『壁に寄りかかりながら立つんだ。そして、壁から手を離したら、後は走り続ける。一度でも止まったら、そのときは終わりだ』

「つまり、動きを止めずに、残りの敵を全て倒す」

『そうだ。それが、唯一残された勝機だ』


##########################


「流博士」

 愛子が心配そうに、流博士を見つめた。


「これ以上、僕らにできることは何もない」

 流博士が、力なく椅子に腰を沈める。


「流博士、私たちにできることが、一つだけあります」

「それは、いったい」

「ミカさんを、信じるんです」


##########################


 沙羅ミカが壁にもたれかかり、金庫室のドアを伺う。敵が出てきたら、すかさず走る。沙羅ミカの心は決まった。


「お姉ちゃん」

 ミキが、沙羅ミカの手を握った。

「大丈夫、必ずお姉ちゃんが助けてあげる。心配しないで」

 ミキが、沙羅ミカの目を、じっと見つめた。


「お姉ちゃんは、”セーラースター”なの?」

 ミキが、真剣な顔つきで尋ねてきた。


「”セーラースター”?」

『ミカくん、”セーラースター”というのは幼児向けのアニメで、OLが女子高生に変身……』

「実はそうなの。悪い奴をやっつけて、ミキちゃんを助けに来たんだよ」

 流博士を無視し、沙羅ミカがミキに笑いかけた。


「本当に?」

「本当だよ」

 沙羅ミカがミキの頭を撫でる。


 金庫室のドアが開いた。


「すぐに戻るから」

「わるいやつを、やっつけて!」

 ミキが、走り去る沙羅ミカに叫んだ。


##########################


「なんだ、おま」

 全力疾走した沙羅ミカがジャンプし、そのまま空中を駆け抜けながら、出てきた男の頭をサッカーボールのように蹴飛ばした。


 グオォ。うめき声を上げながら、男が倒れる。


 沙羅ミカが、空中で体を前後に捻り、着地するやその反動で前に飛び出し、開いたドアから金庫室に駆け込む。


「誰だ!」

 沙羅ミカの目が、部屋の中を素早く探る。金庫室の中の金庫が、半分ほど破られ、二人の男が袋詰の荷物を抱えている。


 沙羅ミカは、誰何すいかされた声を無視し、近くの男の向かって、ハンドスプリングする。両手で床を払い、着地する足で男の胸を蹴った。


「うっ」

 男が後ろに吹っ飛び、もうひとりの男に激突した。


「なんだ、こいつは!」

 奥にいた男が、銃を取り出す。しかし、構える前に、沙羅ミカの回し蹴りが銃を払った。

「まだまだー!」

 沙羅ミカの回し蹴りが、もう一回転して男の延髄に決まり、男はそのままの姿勢で仰向けに倒れた。


「おぉー!」

 最初の男が雄叫びを上げながら、警棒で沙羅ミカに殴りかかる。


「くっ」

 バランスを崩して倒れそうになる沙羅ミカが、側転でバランスをとりつつ、男の攻撃をよける。そのまま金庫室の壁に向かって直進し、壁を蹴ってバック転をした。体を捻りながら着地するや前転し、腕をスプリングのようにして、両足で男の顎を狙った。


 間一髪で男が、沙羅ミカの蹴りを躱す。沙羅ミカは蹴りの反動で、体制を立て直し、右、左、交互に回し蹴りを蹴り込む。


##########################


 オペレーションスクエアの床が、ミカが跳躍するごとにしなった。

 ハァハァ。動き続けるミカの呼吸が荒くなる。スーツの切れ目からは、滝のような汗が流れ落ちている。


「すごい」

 愛子が両の拳を握る。

「頑張れ!」

 流博士の声援が飛んだ。


##########################


「うぉおおぉ」

 男も必死だ。雄叫びを上げながら、警棒を振り回す。当たれば、アクトノイドの体は一発で粉々だ。そして、強烈な衝撃は、スタンガンとなってミカの体にも襲いかかる。沙羅ミカは、必死に動き続けてバランスを保つが、体力の限界も近い。


 ―― しまった!

 金庫室から散らばった書類に足を取られ、バランスが崩れた。体制を立て直そうとしたが、間に合わず、沙羅ミカが床に膝をついた。すぐに立ちあがろうとしたが、立ち上がれず、再び、膝をつく。


「手こずらせやがって」

 男の目に凶暴な光が宿った。


「よく見りゃ、かわいい顔してるじゃないか。だが、残念だが楽しんでる暇はねぇ」

 男が右手に持った棍棒を、左の手のひらに叩きつけながら、沙羅ミカに近づいてくる。


「勿体ねぇが、死んでもらう!」

 男が棍棒を振り下ろした、その時、沙羅ミカが前転し、回転の力を使い逆立ちする、そのまま、両足で男の首を挟み、今度は逆の方向に回転しながら、投げ飛ばした。


「昇天する前に、女子高生の足に挟まれたんだから、幸せね」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ママー!」

「ミキー!」

 非常階段から降りてきた少女が、女性に抱きついた。


「よかった、無事で」

 女性が顔中を涙でぐちゃぐちゃにし、女の子を抱きしめる。


「ごめんね」

 女性が、女の子に、何度も謝る。


「ママ、泣かないで。”セーラースター”が、ミキのこと助けてくれたの」

「”セーラースター”?」

「うん」

 笑い顔の少女に対し、女性は戸惑い顔だ。


「よかったですね。全部、ミカさんのおかげです」

「流博士が、沙羅を作ってくれたからです」

「いや、愛子くんに頼まれたから作っただけだ」

 三人の顔にも、笑顔が浮かんだ。


「後で、沙羅を回収しに行かないと。三階のフロアーにまだあるから」

 男たちを倒した沙羅ミカだが、歩行は不可能な状態で、なんとか這ってラウンジまで戻った。そして、皆に正体がバレると困るからと言って、ミキには一人で非常階段を降りて逃げさせた。


「もう、今日のオーディションは無理ですね」

「仕方ない。沙羅は一体しか作れなかった」


 残念がる二人にミカが笑いかける。

「映画ではヒーローになれなかったけど、ここで、なれたからいいじゃない」


「それも、そうですね」

「人の役に立つロボットを作るのが、僕の夢だ。今日それが叶った」

 二人にも笑顔が戻った。


 その時、遠くから見つめていた三人に気づき、ミキがとことこと近づいてきた。そして、ミカの腕を引っ張った。


「お姉ちゃん」

「何」


 ミキがミカの耳に口を寄せる。


「”セーラースター”に変身してたのお姉ちゃんでしょ。大丈夫、秘密にするから」

 そう言って、ミキが母親の元へと戻っていった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ”セーラースター実写化、賛否両論” -映画評論-

 ”日本のアクション映画を変えた!” -ワールドエンタ-


 ボロボロになった沙羅をオーディション会場に持ち込んで、プロデューサーからは、プロ失格だとさんざんなじられた三人だったが、監督の一声が状況を変えた。


「”セーラースター”を実写化する!」

 突然の監督の宣言に現場はパニックになったが、監督は譲らない。今までの準備はどうするんだ、CG、ワイヤー無しのコンセプトは捨てるのか、すでにキャスティングも終わってる、ライセンスが下りない、出来ない理由を数え上げるスタッフたちに、「できない理由はいくらでもある。だが、できる理由が一つだけある。それが沙羅だ」とのたまい、わけのわからない演説で皆を丸めこんだ。

 そして、意外にも、健児監督の特技は口だけでなく、監督としての技量もたしかであることが判明した。陳監督は、娘婿の健児監督の才能を、ちゃんと見抜いていたのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『実写版”セーラースター”感想スレ』


【老舗ファン】

原作レイプ。ストーリーが完全オリジナルとか舐めてる。☆


【レッド推し】

実写とアニメが違うのは当然。原作厨死ね。☆☆☆☆☆


【大きな子ども】

アクション、すげー頑張ってる。そこだけでも見る価値ある。☆☆☆☆


【ファン歴10年】

このストーリーはないなぁ。アクションだから、ストーリーどうでもいいとか言ってるやつって( ´,_ゝ`) プッ。☆


【かわいいは正義】

主役が良かった! ☆☆☆☆☆


【原作命】

だ・か・ら、ストーリーが、ダ・メ・だっての。頭悪杉。☆


【平民】

複垢必死過ぎて笑ウ。出来がいいのは明白。興行収入だけでなく、ディスクも馬鹿売れしてんの見ればわかる。今年見た中で、一番良かった。☆☆☆☆☆


【ハッピーが一番】

ディスクが売れてんのって、特典のせいなんじゃね?

本編も面白かったけど、実際のビル火災での救助活動が熱かった、まさにヒーロー。『ヒーローが、ヒーローを演じる』、それが、本作の成功の要因だと思う。

もし、また沙羅が出る作品があったら、絶対見たい。いや、見せろ!

言いたいことは、それだけだ。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


―― 第三章 了 ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る