第3話 アクトノイド
「ここで、愛子くんが紗弥を動かしているんです」
流博士に連れられて隣の部屋に行くと、大きなベビーサークルのような機械の中央に、戦隊モノのヒーローがいた。
「このサークル状のフィールドの上で、オペレーションをします。床には360度スクロールするスクリーンがあって、パフォーマーを常にフィールド中央に保持するんです。愛子くん、ちょっと歩いてもらえるかな」
「はぁい、わかりました」
戦隊ヒーローが愛子の声で応え、歩き始める。しかし、位置はベビーサークルの中央にとどまったままだ。
「スポーツジムにあるウォーキングマシンと同じようなものですが、これは360度全方向に進めるんですよ。愛子くん、適当に方向変えたり、走ったりしてもらえるかな」
「はぁい」
愛子が、歩く方向を変えた。愛子の向いている方向は変わったが、位置は中央のままだ。愛子が、歩くスピードを速めても位置は変わらず、軽く走り始めても、ちゃんと中央に保持されている。
「時速100キロまでは対応してるんで、人間が操作する限り、問題はありません。紗弥には
愛子がジャンプするが、着地点は中央だ。
「じゃあ、バック転やってみて」
「無理でーす」
「じゃあ、パスで」
おいおい、ノリが軽いな、とミカは思ったが、口をつぐんでいた。
「愛子くんが着ているスーツで、全身の動きを計測します。中には光ファイバーを張り巡らせていて、指の一本単位で動きがわかります。愛子くん、じゃんけんしてみて」
「はぁい」
「ミカくん、紗弥を見て下さい」
ミカが紗弥をみると、愛子と全く同じタイミングで、じゃんけんをした。
ぐー、ちょきー、ぱー。
愛子と同じ手の形を、紗弥も形どる。”くん”付けで名前を呼ばれたことは、とりあえずスルーしよう。
「スーツには触覚フィードバックも付いていて、紗弥が何か物に触れるとその場所が振動します。試しに紗弥に触ってみて下さい。あっ、でも汚いもの付けないでくださいね」
―― だから、汚い言うなー!
そう心の声で言い、ミカが紗弥の右手に触れた。
「ミカさん、正面だとカメラに映るんで、背中触ってみてください」
「じゃあ、これ、わかる?」
ミカが紗弥のお尻を撫でると、
「いやーん♡」
と愛子の声がした。
「ちょっと、女同士だからって、僕の彼女のへんなとこ、触らないで下さい!」
「あ、すみません」
流博士が怒った。
「愛子くんが、かぶっているフルフェイス型のヘルメットには、光線空間ディスプレイと、フェイス・トラッキングセンサーが付いているので、紗弥が見た映像を、そのままパフォーマーが見ることができます。パフォーマーの表情も、リアルタイムで紗弥に反映されます。愛子くん、笑ってみて」
紗弥が笑った。
「愛子くん、怒って」
紗弥が怒った。
「愛子くん、泣いて」
紗弥が嘘泣きした。相変わらず、演技下手だな。
「パフォーマーの声は、先程のようにフィルターを掛けて変えられます。ただ、リアルタイム変換なので、あまり変化量が大きいと不自然になってしまいますが。じゃあ、最後の仕上げとして、愛子くん、愛してるっていいながら僕に抱きついてくれー!」
「わかりましたー!」
『
紗弥が輝の胸に飛び込む。
「紗弥、僕もだよ」
輝が紗弥を、はっしと抱きしめる。
『
「紗弥」
二人が見つめ合う。二人の顔が近づく。二人の唇と唇が近づく。どんどん近づく。
しかし、触れ合う寸前、
「カット―!! 何、くだらない三文芝居しているのよ!」
ミカの声が飛んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
愛子が、パフォーマースーツを脱ぐのを手伝った後、三人でミーティングデスクを囲んだ。
「紗弥が凄いことはわかりました。最近のロボットって、こんなに進歩してるんですね。ロボットって言われなかったら、ちょっと見じゃ、わからないです」
「そうでしょ。なんてったって僕の彼女だから」
ツッコミどころが難しい。
「でも、人間が操作しないとダメなんですか?」
「いろいろAIの研究も進んでるんだけど、どうしてもAIだと不自然さが残っちゃってね。『不気味の谷』って知ってます?」
「『不気味の谷』ですか? すみません、勉強不足で」
「いえいえ。『不気味の谷』というのは、機械を人間に近づけていくと、最初のうちは、みんな凄いと思うんですが、ある程度似てくると、逆に違和感が出てくるんです。その壁を超えれば、人間と区別がつかなくなるはずなんですけど、なかなか、その壁が超えられない」
「なるほど。なんとなく、わかる気がします」
ぬいぐるみは可愛いけど、顔がデスマスクだと不気味だ。ちょっと違うかな。
「紗弥も、もともとはAIで動かす予定だったんですが、いざ、やってみると、『不気味の谷』が超えられなくて、愛していた彼女が怖くなってしまったんです」
「そうですか……」
もう、なんと言っていいのか、言葉がでない。
「もともと、このプロジェクトは、僕のようなまともな人間関係が築けない人を助けるためだったんです。どうしても、生身の人間の女性には触れられない。でも、女性に触れたいという欲求はある。普通の人には、その辛さがわかってもらえないと思います」
勝手に残念イケメンだと決めつけていたが、彼も不幸だ。
「それで、AIを使うのをやめて人間が操作できるように改良したんですが、いろいろと倫理的な問題があって、このままだと予算がつかないんです」
「まぁ、人が操作して、その人にお金を払うとなると、風俗っぽくなってしまいますね」
「でも、せっかく作った紗弥が、これからメンテナンスできなくなったとしたら、不憫で不憫で。そうなったら、僕ももう生きてはいけない」
「そ、そんな、大げさな」
「全然、大げさじゃないです! 僕は、本当に紗弥を愛しているんです!」
これは愛なのか、それとも狂気なのか。
「そんな時、愛子くんと出会って、俳優の代わりにロボットを使うアイデアをもらったんです」
「例えばアクション映画なんかで、スタントで別に人と代わると、どうしても違和感があるじゃないですか。かといって、ノースタントで全部やるわけにも行かないし。俳優さんが病気になったり怪我をしたりすることもあるし、子役だったら手配できないこともあるし、そんなときに、人間そっくりのロボットを使ったら、どうかなって思ったんです」
「なるほど」
確かに一理あるが、今ひとつ、しっくりこない。それは、はたして演技と言えるのか。
「結局の所、流博士のロボットは、パフォーマースーツの動きの通りに動くんだから、特撮ヒーローモノとかでスーツ着て演技するのと変わらないわけです。特撮ヒーローモノがありなら、ロボットだってありってことですよ」
「うーん、そうなのかな。でも、実際には別のものだし」
「動きが同じなら同じです。それがダメって言うなら、モーションキャプチャーだって、フェイストラッキングだってダメだってことです。パフォーマーの演技力で、ロボットの表現力が代わるんだから、ロボットの演技は、パフォーマーの演技そのものです」
「言われてみれば、そうだけど」
やはり、喉の奥でつっかえたような感じが残る。
「それで、私、知り合いの舞台監督に提案してみたんです」
「まじで! 行動力あるなぁ」
「そしたら、試しに公演で使ってみたいって。新しいこと好きな人なんで、いろいろな演出を試してるんです。だから、ミカさん、やってみませんか?」
「私が?」
突然の提案に、頭がついていけない。
「ミカさんなら絶対です。私、ミカさんの演技力は世界一だって、本気で思ってるんです! アクトノイドの真価を発揮できるのは、ミカさんしかいません」
「アクトノイド?」
「そう、俳優を意味するアクター、プラス、ヒューマノイドで、アクトノイドです。ミカさんは、世界初の、アクトノイド・パフォーマーになるんです」
「アクトノイド・パフォーマー……」
「アクトノイドは本当に凄いんです。アクトノイドに搭載されているカメラの映像を流博士の開発したHMDで見ると、本当に自分がアクトノイドに一体化したように感じるんです。一度、経験すれば、その凄さがわかります」
「僕からも頼みます。どうか、ミカくんの力を貸して下さい。僕と紗弥を助けて下さい」
流博士が、深々と頭を下げた。
「ミカさん」
愛子が真剣な目で、ミカを見つめた。
「今のままなら、ミカさんにチャンスはありません。それは、ミカさんにもわかっているはずです」
ミカが認めなくないことを、愛子が口に出した。高校を出てすでに5年。自分よりも演技力が劣るがルックスに優れたものたちが、次々とデビューを飾る中、ミカは取り残されている。中には、演技などしたこともない人間が、役のイメージに合うからといって抜擢されるケースもあった。
ただでさえ秀でているとはいえない容姿も、年齢とともに更に衰える。ミカの残された時間は少ない。いや、すでに無いのかもしれない。このままでは一生、裏方で終わる。常にその恐怖が心の底にある。
今日、ここに来たのも、わずかでもチャンスがあればと思ったからこそだ。しかし、……。
「これが、ミカさんに残された唯一のチャンスです」
―― 唯一
その言葉に、心臓が鷲掴みされた。いつも、おっとりとした愛子が、今まで見せたことのない真剣な顔で発した一言が、ミカの心をえぐった。
「唯一って。だったら、アクトノイド・パフォーマーとして成功したら、いつか、私もアクトノイドを使わずに、自分自身の体で、舞台に立てるっていうの!」
「それは、わかりません」
愛子が正直に答えた。
「だったら、もしかしたら、一生、アクトノイド・パフォーマーとして演じ続けることになるかもしれないじゃない! それだったら、今と全然、変わらないよ!」
ミカの目に涙が溢れた。
「そんなの、そんなの……。だったら、私が今までやってきたことって、なんなの。物心ついた頃から、ずっと、ずっと女優になりたかった。将来、絶対、女優になるんだって決めてた。そのために、体も、声も、表情も、鍛えてきた。必死に、必死に、鍛えてきた。それを、諦めろって言うの!」
「だから、そのミカさんの力を、アクトノイド・パフォーマーとして。ミカさんの演技力とアクトノイドの美しさがあれば、」
―― アクトノイドの美しさ? 私の容姿はロボット以下?
「ふざけるな! こんなの、ただの人形じゃないか! いくら人間そっくりだって、作り物だよ!」
「そんな言い方ないだろう! 紗弥は僕の大切な存在だ!」
「あんたみたいな変態に、私の気持ちがわかるか!」
「ミカさん、言い過ぎです!」
その一言をきっかけに、感情を迸らせた三人を静寂が襲った。三人とも黙り込み、互いに目をそらして合わせようとしない。
その静寂を破るように、ミカのスマホが震えた。ミカが、着信したメッセージを目にした時、ミカの表情に勝ち誇ったような笑みが浮かんだ。
「ちゃんと、私のことを見てくれてる人がいた。知り合いのプロデューサーが『脇役でも良かったら、出ないかって』」
ミカが、愛子を軽蔑したような目で見る。
「何が、これが残された唯一のチャンスよ。悪いけど、他の人にあたって。まぁ、誰もこんな仕事、受けないと思うけど。その時は、愛子、あんたが下手くそな演技でやるしかないわね」
ミカが席を立つ。
「もう、二度と会うことないと思うけど、それじゃ」
捨て台詞とともに、ミカが退場した。
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