第12話 緊急出動

 オーディション当日、三人が、沙羅さらの搬出作業を始めた。オーディション用の沙羅の衣装は、定番のセーラー服だ。


「これは!?」

 初めて見る大型トレーラーに、ミカが目を見張る。


「すごいでしょ! これが、アクトノイドの基地ベースとなる専用トレーラーです。名付けて『アクト・ベース』です」

「アクト・ベース」

 ネーミングのセンスは微妙だが、荷台には大きく『ACT-BASE』とロゴが描かれている。


「荷台の中に、オペレーションサークル、いや、オペレーションスクエアが設置してある。今までのように、わざわざオペレーションサークルを設置する手間が省けるんだ。中に入って説明しよう」

 流博士が荷台の後ろ扉を開くと、まるでヒーローものに出てくるような機材が、設置されていた。


「奥にある四角いボクシングリングのようなものが、新しく作ったオペレーションスクエアだ。機能は、従来の円形のオペレーションサークルと同じだ。床面にあるスクロールシートで、アクトノイド・パフォーマーの位置を中央に固定する。四方に張ってあるロープは、パフォーマーの安全を守るためだ」

「屋外ならサークルから落ちるだけですみますけど、トレーラーの中での演技となると、万が一、飛び出して壁にぶつかったら、たいへんですから」

 確かに。そうならないことを祈ろう。


「手前にあるモニターはHMDと連動していて、パフォーマーが見る視界と同様に、アクトノイドのカメラに映った映像を写し出す。もちろん、パフォーマー用HMDと同じく、リアル3D映像だ。映像を共有することで、パフォーマーのHMDに、情報を提示することも可能だ。プロンプター代わりに台詞を表示したり、地図なんかも映し出せる。外部から、音声で通話もできるようにした」

「それは、けっこう便利かも」

 難しい専門用語は、覚えるのがたいへんだ。


「パフォーマースーツも、かなり軽量化することが出来た。動作検出用光ファイバーの配線を全面的に見直して本数を減らし、周辺の回路も小型化した。しかし、従来のスーツ同様に、アクトノイド・パフォーマーの動きを、指先一本まで検出可能だ。いや、従来以上に正確と言ってもいい」

 流博士が、壁にかかっているスーツを指差した。


「すごい。今までは戦隊モノのヒーローみたいな感じでしたが、これなら、ダイビングのウェットスーツって感じです。これなら、アクションも問題なくできそうです」

 さすが流博士。ただの残念イケメンじゃない。


「触覚デバイスは、ミカくんのリクエストどおりにしたけど、本当に大丈夫かい?」

「はい。普通の演技なら、従来の振動ベースのものでもいいんですけど、アクションを演じる場合、ある程度が再現できないと、リアリティが出せないので」

「僕としては、不本意なんだけど」

「大丈夫です。何度か自分でも試してみてますから」


 流博士が、浮かない顔をしたのは当然だ。今回、特別に作ってもらった触覚デバイスは、従来の振動するタイプではなく、を改良したものだ。ある程度、大きな衝撃をアクトノイドが受けると、その部位のスーツに電気ショックが走る。もちろん、体に影響がないように威力を弱めているが、アクトノイドの体に受けた痛みを、あたかも自分の痛みとして感じることができる。


「そうじゃないと、ロボコップみたいになっちゃうので」

 ロボットに改造された警察官が活躍する往年のSFアクション映画。不死身のボディとなることで、敵の銃撃を避けること無く、派手な銃撃戦を繰り広げるカットが斬新だった。


「ミカくんが、そこまで言うなら」

 博士が渋々と言った口調で、諦めた。


「でも、これ誰が運転するんですか? トレーラーって、普通免許じゃ運転できませんよね?」

「じゃじゃーん! 私が運転しまーす!」

 愛子が、けん引免許を掲げた。

「さすが、愛子」

「ふふふ。これで、どこでもいけますよ。じゃあ、出発しましょうか」

 愛子が運転席に向かう。


「運転中でも、このオペレーションスクエアは、使えるんですか?」

「もちろんだ」

「じゃ、私は後ろでリハの準備してます。新しいスーツにも慣れたいので」

「そうだね。では、ミカくんの用意が整ったら、出発しよう」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「なんか、ワクワクしますね。悪いやつが現れたら、アクション映画みたいにアクトノイドで、やっつけられそう」

 トレーラーを運転するミカが、楽しそうに言った。


「それは、ちょっと無理かな。アクトノイドの駆動系は、そんなに強力じゃないから、力自体は生身の人間とそんなに変わらない。それに、精密機械だから、撃たれたり殴られたりしたら、ひとたまりもない」

「アクトノイドを改良して、戦闘用にすることは可能なんですか?」

「うーん、どうなんだろう。わざわざ人型にするメリットはないんじゃないかな。ドローンを使ったほうが空を飛べるし、どこかに侵入するためには、もっと小型のほうが有効だろう。それに、僕はロボットをそんな目的には使いたくないんだ。ロボットは人間を癒やしたり助けるためにあるんであって、人を傷つける目的で使うのは反対だ」

「そうですね」

 流博士の優しさに、愛子の心が、ほんわりと暖かくなる。


 ―― バーンッッ

 そんな二人の会話を、突然の爆発音が遮った。


「な、なんだ!?」

「ビルから、炎が出てます!」

 道路沿いに建つ高さ20階ほどのビルの上層階の窓が割れ、黒煙と炎が見えた。道行く車も全て止まり、クラクションが鳴り響く。


「なんだあれ?」

「爆発?!」

「誰か、消防車呼んだかー!」

「110番!、いや、119番!」

 道行く人々や車から出てきた人たちが、喧騒の中、ビルを見上げる。皆、なすすべものなく、ビルの周りを遠くから取り囲んでいると、正面の出入り口から、わらわらと人が現れてきた。


「どうしたんですか!」

「なんか、ビルの上の方で爆発があって」

「非常ベルが鳴り止まないんだ」

 ビルから逃げてきた人たちが、続々と増える。最初に逃げてきた人たちは、特に怪我もなく変わった様子も無かったが、次第に、煤で顔が汚れた人たちや、煙でむせた人たちが混じってきた。


「助けて」

「い、息が」

「誰か、水を……」

 逃げ延びてきた人たちが、ビルの入口から溢れ出て座り込んだ。ペットボトルを手にした通行人たちが、座り込んだ人達に順に手渡していく。


「どうしたんですか?」

「なにか、事故があったようだ」

 荷台から、パフォーマースーツを着たミカが、心配そうな顔で降りてきた。


「車も動かないようですね。オーディションには間に合わないかも」

「事情が事情なんで、仕方ないですね。ちょっと、先方に電話してきます」

 愛子が、少しでも静かなところを探し、トレーラーの影になっている場所へと移動した。


「まぁ、静まるまで待つしかないだろう」

「そうですね」

 残った二人が不安顔で話していると、

 ―― バーンッッ

 再び破裂音が遮った。今度は低層階の窓から炎が覗く。


「ミキー!」

 突然、切り裂くような女性の悲鳴が響き、上を見上げていた人々が、何事かと振り返った。


「入っちゃだめだ! あんたも死ぬぞ」

「まだ、中に娘が! 離して下さい!」

「消防が来るまで待て!」

 ビルの入口で半狂乱になった女性を、周りにいる人たちが羽交い締めにする。女性は、それを必死に振りほどこうとし、力づくでビルに入ろうとしている。


「離して!」

 怒りと悲しみで、顔をグチャクチャにした女性が、手足を振り回す。


 ―― バーンッッ

 三度目の破裂音が炸裂し、壊れたビルの窓から、ガラス片が辺り一面に降り注いだ。


「うわぁ」

「ここにいたら、あんたも怪我するぞ」

 男たちが、悲鳴を上げていた女性を、無理やりビルの入り口から道路に引きずり出した。


「ミキー!」

 女性の絶望に満ちた悲鳴が、周辺に響き渡るが、誰もなすすべがない。


「消防車はまだか」

「道路が渋滞して、入れないみたいです」

「もっと、火が回るぞ」

 群衆がざわめくが、皆、何も出来ずにビルが燃えるのを見ているだけだ。


「ミキ、……」

 女性が道路に座り込み、両手で顔を覆って泣き崩れた。


「すみません、お嬢さんは何階に取り残されてるんですか」

 ミカが、泣き崩れている女性に、優しい口調で話しかけた。女性は、自分が声をかけられたことに意識が回らないのか、力のない目で宙を見つめている。


「しっかりしてください。お嬢さんは何階に取り残されたんですか」

 ミカが強い口調で、女性を揺さぶる。

「ご、五階のラウンジに。わ、私トイレに行っていて、爆発音がして外に出たら、娘がいなくて、てっきり先に逃げたと」

 そこまで言って、再び、女性が泣き出した。


「五階ですね」

 ミカが確認し、トレーラーの荷台に上がった。


「ミカくん、どうするつもりだ」

「沙羅で探しに行きます」

「そんな、無茶だ。アクトノイドは、救助用に作ったロボットじゃない」

「そんなこと言ってる場合ですか。今、ここで、ミキちゃんを助けられるのは、私たちだけです。博士が止めても、私は行きます」

 ミカがフルフェイスヘルメット型HMDをかぶり、オペレーションスクエア中央に陣取った。


「博士、沙羅を起動して下さい。迷っている暇なんかありません」

 ミカの強い声に、流博士の覚悟も決まった。


「わかった。できるだけのサポートをする。ただし、気をつけてくれ。沙羅は、SF映画に出てくるようなスーパーロボットじゃない。強い衝撃が加われば動けなくなる。高熱にも長い時間は耐えられない」

「わかってます。人間と同じだということは体が覚えています。私は、アクトノイド・パフォーマーです」

「よし。沙羅を起動する」

 流博士が、沙羅の起動シークエンスをスタートさせた。


 沙羅の閉じていたまぶたが開き、目に光が宿る。

 沙羅が立ち上がり、ミカと同じ姿勢を取る。


「よし、起動完了だ。行け、ミカくん!」

 沙羅が、トレーラーの荷台から勢いよく飛び降り、ビルの入口へと駆け込んだ。

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