第11話 戦闘少女

「とうとう、完成した」

 三日後、流博士の研究室に行くと、徹夜明けらしく、目が充血し寝癖で乱れた流博士が、ミカと愛子を出迎えた。ひどい格好と、それに反する整った顔立ちのコントラストは、典型的なステレオタイプの残念イケメンだ。


「紹介しよう」

 博士が、シーツに覆われた物体を二人に示す。


「これが、戦闘少女『沙羅さら』だ。アクション専用に特化したアクトノイド第一号だ」

 博士がシーツを剥ぎ取ると、彫像のように立つ裸体の少女が現れた。かすかに胸の膨らみがあるが、ほぼ平板で、まるで少年のような体つきだ。均整の整った体は、決して筋骨隆々ではないが、柔らかな筋肉で覆われ、アスリートのような俊敏さを感じさせる。肌の色は、若干、オリーブ色がかって中東の人間を思わせるが、顔立ちは東洋人のものだ。


「日本人女性と、中東にある『アルザーン王国』の理想に燃える若き政治家との間に生まれたのが沙羅だ」

「でも、沙羅には悲しい運命が待ち受けていた」


 流博士が、健児監督の新作映画のヒロインの説明を始めた。すかさず、愛子が補足するさまは、長年連れ添った夫婦漫才のような、淀みないコンビネーションだ。


「沙羅が15歳の誕生日を祝っていた夜、突如、謎の武装組織が、沙羅の住む村を襲撃する」

「そして、無残にも、沙羅の目の前で両親が殺されるが、沙羅は少年のふりをして、生き延びる」


 ―― よくある設定だが、はたして、そんなにうまく武装組織を騙せるだろうか?


「生き延びるために、武装組織の一員として心を鬼にして村々を襲う沙羅だったが、ある村で子どもを殺せと命令され、上官を殺して難民キャンプに逃げ込む」

「そこで、偶然、母親の友人だった女性自衛官に出会い、日本に渡って普通の女子高生として過ごすことになる」


 ―― アクション映画にありそうな、ご都合主義だ。


「平和な学園生活に馴染みつつある沙羅。ある日、日本一となる高さ700mの『TOKYOスカイテラス』が完成し、沙羅とクラスメイトの友人は、抽選で当たった完成披露パーティーに招待される」

「しかし、その式典をテロリストが襲った」


 ―― 絶対に、完成したばかりのビルに行ってはいけない。


「逃げ惑う招待客達。脅しておとなしくさせようと、テロリストの放った弾丸が、沙羅の友人を傷つける」

「そして、そのテロリストの顔は、かつて、自分の両親を殺した武装組織のリーダーだった」


 ―― なぜ、中東の武装組織が日本でテロを?


「この後、沙羅の怒りが爆発し、テロリストを一人、また、一人と倒していくところが熱いんだ!」

「最後、ぼろぼろになった沙羅とテロリストのリーダーとの一騎打ちが、すごいんです!」


 ―― 敵が一斉に襲ってこないのは、お約束だ。


「博士、すごいです! 完全に、沙羅を再現しています! これなら、オーディション突破、間違いなしです!」

「ありがとう! これで、この三日間、寝ずに作業した苦労が報われる!」

 もし、流博士が潔癖症でなかったら、興奮した二人が抱き合って喜んだに違いない。


 たしかに、よく出来ている。もらった脚本通りの造形に、ミカも感心した。だが、しばし沙羅を見つめていたミカを、言葉にできない感覚が襲った。


「んー、なんだろう」

 ミカが、沙羅をもう一度、頭の天辺から足の先まで舐めるように見る。


「なんか、ちょっと気になるのよね。なんとなく、デジャブというか」

 そうだ。沙羅を見たときの違和感。どこかで、この少女に会ったことがあるような気がする。しかし、物語の中の架空の登場人物に、出会うことなどあるはずがない。


「鏡を見ているような感じがするんじゃないかい」

 流博士がミカの疑問に応えるように言った。


「鏡を見てる? でも、私こんな顔してないし」

 ミカが首をかしげる。


「顔じゃなくて、体をミカくんの体型と同じにしてある」

「体?」

「ハードなアクションをするには、身体感覚を正確に掴む必要がある。だから、沙羅はミカくんの体型と変わらないように作ったんだ。手や足の長さが違っていると違和感が出るだろう。距離感がずれると、相手や自身の体を傷つける恐れもある」

「なるほど」

 言われてみれば、たしかに自分の体型とほぼ同じだ。これが、違和感の正体だったのか。


「胸も、ミカくんのサイズと同じとなるように、平坦にした」

「……」

 他に言いようがあるだろう。


「その分、軽量にできたので、人工筋肉の量を増やし、機動性を高めている」

「片方1キロ、両方で2キロも軽くできるのは、おおきいですね」

「そのとおりだ。これも、ミカくんの胸が平らなおかげだ」

「……」


「また、軽いだけでなく、前後の重量バランスもとりやすい。安定性の向上につながるのも、大きな利点だ」

「なるほど」

「これもまた、ミカくんの胸が平らなおかげだ。まさに、ミカくんの体は、アクションをするのにもってこいだ」

「……」


「どうした、ミカくん、さっきから黙り込んで。僕の説明、わかりにくかったかな。じゃあ、もう一回、最初から説明するから、今度はちゃんと聞いて下さい」

 流博士が、ミカに向かいあう。


「この沙羅は、ミカくんの体型と同じになるように作ってある。ちゃんと、胸が平らなところも再現してて、胸が平らな分、軽量にできて、胸が平らな分、前後の重量バランスも……、グワーッ!」


 ミカの回し蹴りが、きまった。


「もしかして、今回、アクトノイド、いらなかったんじゃ……」

 愛子が、一人、呟いた。

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