第三章 戦え、アクトノイド!

第10話 戦闘準備

 ドームの中で、ピッチャーが振りかぶった。


 マウンド上で投球モーションに入ったのは、東京サンシャインウォリアーズのエース『大山すぐる』だ。


 在学中からスカウトの注目を一身に集めた甲子園優勝の左腕は、全12球団からドラフト一位指名された。くじ引きの結果、万年最下位の東京サンシャインウォリアーズが獲得。


 プロデビューした年には12勝を上げて新人賞を、3年目の今年は22勝無敗の記録を作り、ウォリアーズの球団結成以来初となる日本一の原動力になった。鉄の心臓を持つ男は、どんなピンチにも顔色一つ変えず、若きエースとして、すでにチームの大黒柱だ。


 大山の右足が高く上がり、勢いよく前に踏み出すと同時に左腕がしなった。握りはストレート、大山の得意な勝負球だ。体の周囲にまとった空気を切り裂くように左腕が弧を描き、剛球が放たれた。


 ボールは、左右にわずかに揺れながら、一直線にホームベースに迫る。


 左のバッターボックスに立つは、アクトノイド俳優ロボット・パフォーマーの水上ミカ。舞台の裏側で俳優ロボットを操る売れない役者だ。


 両拳が離れないよう、金属バッドをしっかりと握り、鷲のような目つきでボールを追う。ボックス内で心持ち後ろに立ち、右足に重心をかけ、わずかに左足を浮かせた。


 そして、大山の投げた直球がホームベース上を通過する寸前、左足に重心を移動すると同時に、上半身の軸がぶれないよう固定しながら、勢いよく腰を回す。体の回転に引っ張られるように振り抜いたバッドが、ボールの真芯を捉えた。


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 ミカの打った打球が、ネットに貼られたホームランボードを直撃する。


「ミカさん、すごーい」

「ふふ。私にかかれば、こんなもんよ」

 愛子の声援に、ミカが不敵な顔で笑った。


「これで10連続ホームランね。半年間の無料パスポートは頂きだわ」


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 バッティングセンターのスタッフが、いかにも嫌そうな顔で、ミカに10連続ホームラン景品の無料パスポートを渡した。


「いい加減、お金を払ってプレイして欲しいんですけどね」

「別にいいじゃない、ガラガラだし。他の客の迷惑にはなってないでしょう。それに、誰かが達成しないと、出来もしない景品だって言われるわよ」

「今まで、お客さんしか達成した人いないんだけど。とりえあず、写真撮るから、そこに立って」


 ミカが商品の入った封筒を手に、Vサインをする。

「左斜めから、撮ってね」


 ミカの写真が並ぶ『10連続ホームラン達成者』のパネルの下に、新しい一枚が加わった。


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「いやー、いい運動したわ」

 ドーム型バッティングセンターを後にし、ミカと愛子がファミレスで夕食を食べている。

「半年ごとに無料パスポートを貰えるって、貧乏役者には助かるわ。ありがたい、ありがたい」

 浮いたお金で、ミカがステーキを頬張った。


「ミカさんは、あいかわらず運動神経いいですね」

 自腹でバッティングセンター代を払った愛子は、ハンバーグセットだ。最近では、本来のグラビアアイドルの仕事もほとんどせず、すっかり、ミカの専属マネージャーだ。


「世界でヒットする作品って、なんだかんだでアクションが主流だからさ。そのためには身体能力が重要なのよ。それに、ダンサーだってバレリーナだって、アスリート並みのトレーニングしてるからね」

「最近の役者さんは、たいへんなんですね」

「昔から、男性の俳優はスポーツ万能の人が多かったと思うよ。昔は、プロスポーツというと野球と相撲ぐらいしか無かったから、学生スポーツで活躍した人が、自分を活かせる職業として役者を選ぶケースも多かったんじゃないかな。女優に身体能力が求められるようになったのは、フェミニズムの影響があるかもね。G.I.ジェーンとか」

「女が守られてばかりじゃ、けしからんってやつ? 私は守って欲しいって思っちゃうけど」

 愛子が夢見る乙女のような目で、遠くを見つめた。


「それは、流博士には無理じゃないかな」

「なんで、流博士が出てくるの?」

「あっ、弱い男の例え!」

 あわてて、ミカがごまかした。


「たしか、ミカさんは格闘技もできますよね?」

「ふふ、よくぞ聞いてくれた。柔道、空手、合気道は黒帯。カンフー映画は50本は観てるわね」

「最後が、ちょっと意味不明です。でも、それなら、ちん健児けんじ監督の作品のオーディション、いけそうですね」

「陳・健児? 何、そのいかにも怪しい中国人は?」

 思わず、ミカがステーキを落とす。


「中国人じゃなくて日本人なんです。アクション映画の監督になるために、香港映画の巨匠、陳監督に弟子入りしたんですけど、監督デビューする前に、監督のお嬢さんの娘婿になったという人で。本人曰く『俺の手は、ブルース・リーのこぶしよりも速い』」

「なんか、微妙な気が……」

「本人はともかく、陳監督は本物です!」

「いや、本人が重要なんだけど」

「陳監督が娘婿に選ぶくらいだから、大丈夫です! アクトノイドの実力を見せるチャンスです!」


 本当に大丈夫なのか、ミカの脳裏に一抹の不安がよぎった。


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 CG、ワイヤー無しの本格アクション。それが、健児監督のコンセプトだった。ワイヤーアクションとは、役者やスタントマンの体にハーネスを付けて、細いワイヤーで吊るすことで、宙を飛んだり、華麗な軽業などのアクションシーンを演じさせる手法である。香港映画でよく用いられるが、一方で、ワイヤーアクション独特の動きが顕著なため、リアリティに欠けるという弱点がある。


 ”観客の度肝を抜くような、人間ができるギリギリのアクションをみせる”、それが健児監督の撮る新作のコンセプトだ。そして、なによりも作品の出来を決定するのが、主役を演じる少女である。体格の劣る少女が、ばったばったと屈強な男たちをなぎ倒すシーンに、いかにリアリティをもたせるかが作品の成功の鍵だ。


 だが、ノースタントの撮影を売りにするためには、主演女優には過酷なトレーニングと、万が一のリスクを受け入れる覚悟が要求される。そのため、どの事務所も将来性のある若手女優を出演させることを渋り、キャスティングに難航していた。


 はたして、リアル志向の健児監督がアクトノイドを受け入れるか、最終的な決断は監督次第だが、行き詰まっている現状では、スタントを使うかアクトノイドを使うかの二者択一であり、スタントを使う場合にはカメラワークの全面的な見直しが必要となることから、アクトノイドにも十分勝算があると愛子は考えていた。


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「実は、流博士には新型のアクトノイドについて、すでに相談しているんです」

「あいかわらず、準備がいいね」

「アクトノイドだけでなく、屋外ロケもできるように、オペレーションサークルの改良もお願いしています。これが実現できれば、この作品だけでなく、アクトノイドの運用面も大幅に改善されます」


 愛子の目が輝く。まるで、世界を救おうとする秘密組織のリーダーのようだ。


「完成は三日後の予定です。楽しみにしていて下さい」

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