第一章 デビュー
第1話 舞台に立ちたい
スタジオの中心で、プロポーションのよい(しかし胸はない)若い女性がポーズを決める。
―― 歩く。
―― 走る。
―― ジャンプする。
―― 踊る。
―― パンチ。
―― キック。
―― 側転。
―― バック転。
女性が全身にまとっているスーツは黒尽くめで、節々に白いマーカーがついている。スーツに包まれた肉体は、アスリートのようなしなやかな筋肉と、女性らしい柔らかな美しさが両立している。スタジオには、女性を取り巻くように無数のカメラが設置され、同時に多方向から女性を撮影していた。
撮影された映像はリアルタイムで解析され、スーツについているマーカーの3次元位置を計測する。それらのマーカーの位置座標を元にして、コンピューター画面内に表示されている人間を模した”やじろべえ”のような画像が、女性の動きとそっくりに動いた。
―― 女性が右腕を上げると、”やじろべえ”も右腕を上げる。
―― 女性が回し蹴りをすると、”やじろべえ”も回し蹴りをする。
まるで、”やじろべえ”が、コンピューターの中で命を持って動いているようだ。
「ストップ、お疲れ様でーす」
ポーズを決めていた女性に声がかかると、女性はその場にしゃがみこんだ。
「疲れたー!」
手足を伸ばし、仰向けになって寝そべると、コンピューター画面内の”やじろべえ”も、同じように寝そべった。
天を仰いだ女性の顔がはっきりと見える。しかし、その顔は見事な肉体から想像する姿とは違っていた。
―― 平々、凡々
その一言に尽きる。とてもじゃないが、ひと目見ただけで誰もが振り返る美しい顔とは言えない。よく言って、中の中、ばっちりメイクをすれば、また印象が変わるのかもしれないが、今日の顔はすっぴんだった。
「さすが、ミカさん。一発OKです!」
コンピューター操作していたオペレーターが寝そべった女性に声をかけ、スポーツドリンクを手渡した。
「普通なら、ポージング、ダンス、アクションと、計測には3人必要なんですが、ミカさんだと、一人で全部できるので助かります」
「私にかかれば、こんなもんよ!」
あぐらをかいて、ミカがドリンクを喉を鳴らして飲む。
二人が行っていたのは、”モーションキャプチャー”と呼ばれる、人間の体の動きの三次元的計測だ。リアルなデータを取得することで、CGで作った3Dモデルに手作業では不可能なリアルな動きをさせることができる。最近のアニメーションや特撮シーンには、かかせない技術だ。
「じゃぁ、ギャラも三倍にしてくれる?」
ミカがにこやかに笑って言うと、
「それは、ちょっと……」
オペレーターが顔を渋らせた。
「今度は、フェイス・トラッキングも撮らせて下さい。ミカさんの表現力は、抜群なんで」
―― フェイス・トラッキング
顔の表情筋の動きを計測し、モーションキャプチャー同様に、3次元データを取得する。得られたデータで、動物の顔や、リアルに作った人間の顔のCGモデルを動かし自然な表情をさせるのが、今の流行りだ。
「いいですけど……」
ミカが複雑な表情で応えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「モーションキャプチャー、飽きたー」
ミカが居酒屋で管を巻く。店に入って15分、早くも、ビールの大ジョッキを二杯、空にした。
「ミカさん、ペース早すぎですよ」
「私は、こう見えても女優なのよ、女優! いつまでも裏方やってる女じゃないの! ちゃんと舞台に立たせなさいよ」
「この前、テレビに出てたじゃないですか」
「ボディ・ダブルじゃん! ちゃんと私の顔を写せっての! ちらっとでもいいからさぁ」
「いやいや、それをやったらダメでしょう」
「あー、私に愛子のボディがあったらなぁー」
そう言って、酔った目で、目の前にいる愛子の胸を羨ましそうに見つめた。そこには、たわわに実るGカップが揺れていた。Gカップの上に乗っている顔も、名前の通り愛らしい。美人系というよりも、かわいい系の丸顔だ。
「全然うらやましくないですよー。片方1キロ、両方合わせて2キロ、毎日ぶら下げてんですよ。もう、肩が凝っちゃって、凝っちゃって」
「一度でいいから、そんな台詞言ってみたいわ! もう一杯、おかわり!」
高校演劇界で大活躍し、その界隈では知らぬものなどいないミカだったが、卒業後に進んだ芸能界は甘くはなかった。見た目が優先し、生身の人間とは思えない美貌を持ったモデルたちや、男たちの目を釘付けにするグラビアアイドルたちが跋扈し、見た目のぱっとしないミカには、誰も注目しなかった。
ずば抜けた演技力だけは買われ、アイドル主演のドラマで、ダンスやアクションシーンなどの
声優のオーディションは、なんどか通ったことがあるが、ミカが目指しているのは、全身を使って表現する舞台女優やドラマ俳優だ。
しかし、何度、オーディションを受けても通ることはなく、オーディション会場で知り合った年下の愛子に、愚痴をこぼすのが日常茶飯事となっている。愛子は演技は全然だが、豊満なボディに見合う人好きのする性格で、業界関係者に自然と顔が売れ、ミカに仕事を回してくれた。いまでは、ミカの友人兼マネージャーみたいなものだ。
「私は演技全然ですけど、ミカさんの演技力はずば抜けてます。いつか、絶対に世界中の人を虜にします」
「いつかって、いつよ! 私、もう、23なんだけど」
絡むミカに、
「それは、わかりませんけど……」
と言葉を濁した。
「私は、とにかく舞台に立ちたいの。小さい舞台でもいい。深夜ドラマでもいい。チャンスさえ貰えれば、絶対ものにしてみせる。観てくれる人の心を動かしてみせる」
アルコールが入ったせいか、ミカの目に涙が浮かぶ。その涙を見ると、愛子も悲しくなった。
「ミカさん、知り合いの研究者が演技力のある女優さんを探しているんですけど、一度、会ってみませんか? もしかしたら、ミカさんにとって凄いチャンスになるかもしれません」
「研究者? プロデューサーじゃなくて? もう、モーションキャプチャー、やだぁ」
ミカがテーブルに顔を伏せ、子供のように駄々をこねた。
「モーションキャプチャーじゃないですけど、ちょっと言葉で説明するのは難しいんで、実物を見て欲しいんです」
「実物?」
ミカが問いかけると、愛子が顔を近づけた。
「アクトノイドっていうんです」
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