最終話──雪と番
僕たちはもとの公園に戻ってきた。
彼女は積もっていた雪に勢いよくジャンプして寝転がった。
僕も彼女のいる雪に向かって飛び込んだが勢い余って彼女にぶつかり一緒に転がってしまう。雪がクッションとなって助かった。
「やったな、この!」
彼女は怒っている口調だが、内心楽しそうだ。僕もそれに応えるように、雪の上でじゃれ合う。
僕たちは身体を雪と砂まみれにしながら、しばらくそうして遊んでいた。
長い間暴れまわったからかふたりとも疲れてしまった。いつの間にかお互いに抱き合ったまま、雪の上で横たわっていた。
僕は彼女の胸に顔をうずめて、にゃあ、と一鳴きする。彼女は柔らかくて、温かい。猫毛でふわふわした彼女の身体に、おでこを擦り付ける。彼女の首輪に付いている鈴がちりん、と鳴った。
彼女はゆっくりと僕から身体を離して空を向き、口を開く。
「もう、良いの。満足だわ。このまま、雪の上で終わってしまおうかしら」
彼女の目にじわじわと溜まる涙を見ていないふりをして、僕も空を向く。いつの間にか、雪がしんしんと静かに降りだしていた。
僕も、もういいかな、と思った。幸せだった。
でも、この小さくて脆く儚い幸せはもう長くは続かない事を、僕は、知っている。
僕は彼女と出会って、全てを知ってしまったから。
しばらく無言で空から降る雪を見ていた。
ふと、彼女を見ると、彼女は眠ってしまっていた。
……僕も眠い。もう、行かなきゃ。と思った。
僕が本来居なきゃいけない場所へ。拾われたこの場所で、いつまでも縛られていてはいけない。
根を張ったように動けなくなった僕を、彼女がやっと連れ出してくれたから。
彼女は先を歩いていたから気づいていなかったみたいだけど、商店街のショーウインドーには彼女のみで、僕の姿は一切映っていなかった。
そのとき、全てに気がついた。
僕は、もう、死んでいたんだ。
芋づる式のように記憶が蘇ってきて、僕がどうして公園でうずくまっていたのかも。
僕は、飼い主に捨てられて、逃げてきて……彼女と同じボロボロの痣だらけの身体で、元々その飼い主に拾われたこの公園にやって来て、力尽きたんだ。
現世への想いが強すぎたせいなのか、ろくに逝ける事なく、此処でいつまでも縛られていた。そこへ彼女がやって来て……。
──ああでも、彼女は死んではいけないな。
そう思った。彼女はまだ生きている。死んでしまったら、僕と同じように、永遠に此処に縛られてしまうかもしれない。でも僕にはもうお迎えが来ているようで、指先ひとつ動かせる力も残っていなかった。
「また、ね」
僕は、最後の力を振り絞ってそう彼女に告げると、静かに意識を失った。
☆
「ママ!見て!白猫!」
小さな男の子が彼女を見つける。時刻は次の日の朝を回っていた。
一晩中雪が降っていた筈なのに、彼女の周りだけを避けるように雪が積もっていた。
もはや彼女は意識を失っていて弱く細い息だが、まだ仄かな温もりを持っていた。
「あらあら!一匹で可哀想に、ちょっと待ってて!」
すると男の子の母親らしき女が駆け足で公園を出ていき、直ぐに毛布を持って戻ってきた。
「近くに病院があるはずだから一緒に行こうか」
「ぼくもいく!」
「良いわよ。その代わり、この猫を温めててくれる?」
「うん!」
どうやら、彼女は優しそうな人間に拾われたようだ。これは憶測に過ぎないけれど、これで彼女に危険が襲うことはおそらく、もうないだろう。
心残りがあるとするならば、やっぱりもう少し彼女と共に過ごしたかったけれど。仕方がない。
──
よく見たら、彼女の身に付けている首輪は、以前僕が身に付けていたものじゃないか。
君は、僕と同じ場所から逃げ出して来たんだね。
どおりで、懐かしい匂いがすると思った。
同じところから逃げてきて、同じところへ辿り着くなんて、皮肉にも程がある。
けど皮肉でも良いから、僕がこの世界に居た証として、それを君に身に付けていてほしいと思う。僕は自分が思ってたよりも幾分図々しいようだ。ごめんね。
僕は君に救われたけれど、君にとって僕は……、命の
どちらにしろ、君が助かって良かったと思う。
……最後に、君に名前を聞いておくべきだったな。
「人間は欲深い」なんて言ったけれど、案外、猫も大概だと、我ながらに思った。
──────────「雪と番」終
雪と番 みずいろ @mizuiro_books
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