0-1

 自分の歳と同じくらいの少女。

 迫り来る鬼の正体が彼女だったことに安堵した訳ではなく、しかし、小学五年生の蒼介にとって、同世代の女子に泣いているところを見られることは恥ずかしく、咄嗟に涙をぬぐった。


 手編みのニットセーターを着た少女。

 不思議と怖くはない。むしろ、どこか安心できるような、そんな雰囲気が少女にはあった。


「かくれんぼしない?」

「え? かく……れんぼ?」


 何を言うのかと思うと、開口一番に少女はそう言った。「こんにちは」や「寒いね」もなく。


「うん。私、得意なんたよ。」

「えっとね――」


 どうしようか。蒼介は少しだけ考えてから「ちょっと待ってて」と言って、車から降りた。いつの間にか雪は止んでいて、さっきとはうって変わって嘘みたいな晴天だった。


「父さんたちに聞いてくるよ。……もともと家に行こうとしてたんだ」


 咄嗟の嘘とは言え、家に行こうと考えていたのは本当だ。そう、心のなかで言い訳をした。


 しかし、家の中には誰もいなかった。代わりに「買い物に行っています」と置き手紙がある。


 メモの下には、

――母より

 とあった。


 静子さんかな?

 なんだか、家の中も変だ。玄関にある古い置時計もちゃんと動いている。気分ひとつでこうも変わるのかと、蒼介は思ったりもした。


「お家の中でするの?」


 気がつけば、少女が家に上がり込んでいる。「お邪魔します」のひとことくらいあっても良いのに、彼女はまるで我が家のように靴を脱いでいた。

 

 リス先生だったら怒るだろうなぁ――

 蒼介は一緒に「悪戯わるさ」をしているみたいで可笑しくなった。それほど、心にも余裕ができていたのだ。

 少女の瞳はどこか不思議だった。

 邪険にしてはいけないと蒼介の直感が言っている。昔、会ったことがあるのだろうか。初対面とは思えないけれど、でも思い出せない。蒼介にとっては、だった。


「うん、じゃあ皆が帰って来るまで、ここでしようか」

「いいよ。じゃあ私が鬼ね。ちゃんと目をつぶっててよ」

「え? 君が鬼じゃないの?」


 少女はうん、と肯定。


「私が鬼。だから私が隠れるから、君が鬼を探す。『かくれんぼ』って知ってる?」

「知ってるさ」


 でも、僕が思っているのとちょっと違う。普通、鬼が隠れている人を探すんじゃないの?


「よかった。じゃあ早く目を瞑って。私、隠れるのも探すのも得意なんだから」


 少女がニコリと笑った。やっぱり、どこかで見たことがある気がする。

 そんなことを考えながら、蒼介は少女に促されるように、壁に顔を向けて目を隠し、10秒数えた。そして、


「もういーかい?」

「まーだだよ」


 もう一度、10秒。


「もういーかい?」

「……もういーよ!」


 目を開け、ゆっくりと周りを見渡す。声をしたのは仏壇がある方だ。居間の開いたドアから、仏間へ伸びる廊下がちょうど見える。蒼介は一直線に向かうと、縁側のカーテンが僅かに膨らんでいるのが見えた。


 なんだ、簡単じゃないか。


「みーつけた!」


 勢いよくカーテン捲ると、三角座りの少女と呆気なく目が合う。

 拗ねてるのかしら? 得意と謳っておきながら、すぐに見つかってしまった彼女の頬が丸くなっている。


「掛け声しないなんて、ズルいよ」

「え? 掛け声?」


 なるほど。地元ルールってやつか、と蒼介は彼女の膨らんだ頬の中身に気がついた。


「ごめんごめん。どんな掛け声をしたらいいの?」

「うん、探す方はね――」


 少女は立ち上がり、ぱんぱんとすねについた埃を払った。


「――『おーい、おい』って言いながら鬼を探すんだよ」

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