9
なにが
昨晩のこともあって、蒼介たちは日を繰り上げて帰ることになった。父さんは母さんを迎えに行っていて、今はエンジンが掛かる車の中で蒼介ひとり。昨晩から降り続く細雪は、すでに積もった真っ白な雪景色の中へ、ぽつりぽつりと溶けていく。
古い習慣なんて、全部やめちゃえば良いのに。……やめちゃえば、僕が死ぬことなんてないのに。
昨晩、静子さんと薫の話を盗み聞きしてから、蒼介の心には分厚い雲が掛かっていた。
薫たちの家族はあの声に誘われて死んだのか?弱冠11才の少年にとって、「死」は非現実で不透明ながらも、禍々しく心にのし掛かる。何を考えようとしても、二の次は「死」の闇が顔を覗かせる。
父さんたちはまだかな?
ある種の憂鬱な気持ちを抱えながら、蒼介は少し効きすぎた暖房を抑えようと、後部座席から運転席へ手を伸ばしたその時――
「おーい、おい。おーい、おい」
ぴたりと手が止まる。
嘘だ――昼間なのに。もうすぐ帰れるのに。
耳を塞いでも、その声は頭まで届く。本当は聞こえていないのかもしれないが、何事も忘れることができない蒼介には、しっかりと聞こえていた。
「おーい、おい。おーい、おい」
くるな! お願いします。死にたくない、死にたくないよ。
「おーい、おい。おーい、おい」
その声は、ついに車の前まで来た。しまいには、コツン、コツンと窓ガラスを叩かれる。
鼻水をすすり、意を決す。
そうしてドアを勢いよく開けて飛び出してみると、目の前には普通の、分厚い手編みのニットセーターを着た少女がひとり立っていた。
「おーい、おい」
少女が手招く。
その声は昨晩に聞こえたものや頭の中を打つものとは違って、透きとおった無邪気な声だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます