しかし、約束通り父と寝たその夜も、蒼介はに目が覚めた。


「おーい、おい。おーい、おい」


 隣には父がうるさいイビキをかいていた。なのに、確かに家のどこかから「おーい、おい」という声が聞こえてくるではないか。


「お父さん、起きて。やっぱり聞こえるよ。あの声だよ」

「……うーん、トイレは一人で行けるだろ?」

「ちがうよ! お化けの声が聞こえるんだって! お父さんにも聞こえるでしょ?」

「お化けなんかいないさ。お化けなんかよりも、人間のほうがよっぽど怖いよ」

「もう! そんなこと聞いているんじゃなくて」


 それから何度か父の背中を揺らしてみても、その都度的はずれなことばかり言う。しかし、その間も、「おーい、おい」という声は確かに聞こえた。


 やがて、蒼介は布団を出た。きっと身も心もひき締めて、必ずお化けの正体を暴いてやる、と。

 廊下に出ると、昨日と同じく、は奥の母が寝る部屋から聞こえる。


「おーい、おい。おーい、おい」


 慎重に足を進める、蒼介。しかし、あるところではぴたりと止んだ。


 実は、蒼介が父と寝ていた部屋は彼の寝室とは離れていて、もっと言うと母が寝ている部屋の真逆の方角にある。だから、声のする方へ向かうには、炬燵がある居間の前を通らないといけないのだが、その居間から灯りが漏れていた。


 その灯りを見た途端に、は聞こえなくなってしまったのだ。


 反対に、今度は居間から誰かの話声が聞こえる。静子さんだ。それに、薫姉ちゃんの声も。人の声に、蒼介は安堵したものの、どうしてか、そのまま足音をたてないよう忍び足で居間の扉の前まで来ると、じっと息を殺して2人の声に耳をすましてみた。


「本当かしら?」

「うん、私も最初は夢か作り話だと思ったんだけど」

「蒼介くんは都会っ子だし、こんな田舎に飽きて早く帰りたくて言ったんだと思ったのけれど……お年頃だしね」

「ううん、そうじゃなくて。蒼介はきっと特殊なんだ。あいつ、見たことや聞いたことをのよ。だから、本当に見たんだと思う」

「夢じゃなくて? それこそ現実そっくりな。薫、あんた蒼介くんに凧の話したんでしょ? その時、あのことも言ったの?」

「言うわけないでしょ!」


 突然、薫が声をあらげた


「おばあちゃんもおじいちゃんも……お父さんだって、あの声に誘われて、それで死んじゃったんだから」

「薫っ!」

「だって、私はひと言も言ってないのに蒼介は言ってたじゃない! 凧上げの掛け声。あいつもきっと誘われたのよ!」


 パシン、と乾いた音が聞こえてきた。

 居間の扉は、昼間と違ってギィィと嫌な音を立てた。


 静子さんと薫の驚いた顔が、同時にこちらに向く。薫の頬は赤く腫れていた。


「蒼介、あんた……」

「ぼくも、死んじゃうの?」


 気がつけば、静子さんの腕の中で泣いていた。

 雪の降る、静かな夜だった。

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