「本当だよ! 僕、お化けを見たんだ!」


 朝には雪はすっかり止んでいたけれど、外は真っ白だった。軒先と車の雪かきを終えた静子さんと父さんが、珈琲と炬燵で暖まっているところを、寝起きで開口一番に、蒼介は訴えかけたのだ。


「きっと寝ぼけてたんだよ、蒼介」


 まだ体が冷えているのか、父さんは両手も炬燵に潜りこませて、鼻水を啜った。朝のニュースでは、昨日見事に逆転優勝をした駅伝選手たちがゲストとして呼ばれていて、恥ずかしそうにコメンテーターの質問に答えている。皆の首には金色のメダルがかかっていた。


「嘘じゃないよ! 本当に見たんだから」

「そんなことより、何か上着を着なさい。風邪ひくぞ」

「蒼介くんも、ココア飲む?」


 適当にあしらうだけの2人に、蒼介は奥歯を噛む。


「おはよう……」

「イテっ」


 どんな寝相なのかと疑うくらい盛大な寝グセを着けた薫が、後ろからチョップしてきた。


「どうしたんさ? 朝っぱらから大きな声をだして」

「おはよう、薫ちゃん。なんと、蒼介こいつが昨日の夜にこの家でお化けを見たんだってさ」

「え? やめてよ」


 薫関心が無いように、蒼介を素通りして炬燵に潜り込んだ。


「薫、昨日の駅伝見た? 連覇ならなかったのね」

「うん。蒼介の宿題を教えながらだけど、最後の追い上げすごかったよ」

「へぇ、薫ちゃんが蒼介の宿題を? ありがとね」


 炬燵を囲む3人と、自分ひとり。蒼介は仲間外れにされた感じがして、余計に腹がたった。


「本当だよ! 本当に見たんだってば!」

「はいはい、見たことないけど、私もそんな予感がしてたんだよね」

「ね、薫姉ちゃんは信じてくれるよね!?」


 蒼介の入るスペースを譲ってくれたのか、静子さんが立ち上がるとキッチンに向かった。


「蒼介くんはココアで良いかしら? 薫は何飲む?」

「オレンジジュース。……うーん、だってこの家も古いからね」


「薫もやめなさいよ」と静子さんが笑って言った。「蒼介くん。薫も言ったように、私たち2人はずっとこの家に住んでるけれど、今までお化けも妖怪も見たことなんて無いのよ」

「そうそう、見間違いさ」と父さんもあしらう。


「ちがうもん……」


 蒼介はいよいよ悲しくなってきた。あれは見間違いなんかじゃない。だって、思い出したくなくとも、今でもへばりついているのだから。


 そんな蒼介に見かねてか、薫が「はぁ」と大きなため息をついた。


「それで、どんなお化けだったの?」

「えっとね……夜中に目が覚めて、家のどこからか『おーい、おい。おーい、おい』って聞こえてきたの」


 その時、ちょうどのタイミングだったのか、キッチンで洗い物をしていた静子さんの手がピタリと止まった気がした。


「それで、あんたどうしたの?」


 薫も、さっきまでの寝むたい目付きが強ばっているように思えた。


「誰かな? と思って、声のするところに向かったら、お母さんが寝ている部屋でね。そこで真っ黒な人がいて、『おーい、おい』って手を振ってたの……。一目散に部屋に戻ってお布団を被って、それからはあんまり覚えてないんだけれど」


 部屋の空気が変わった。どこか重苦しいような。


「蒼介にしちゃあ、よく出来た怖い話じゃないか。ねぇ、静子さん?」


 静子さんがココアを持ってきてくれた。カチリと音を立てて炬燵の上に乗る。


「え? ええ、きっと寝ぼけてたのよ」

「ちがうもん! だから本当に見たんだもん!」


 せっかく薫姉ちゃんが聞いてくれたのに。

 信じてもらえない蒼介は、いよいよ歯がゆくなってきた。確かに、明るくなった朝にもう一度部屋を覗くと、お母さんはのだけれど。


「分かったわ。蒼介くん、今日はお父さんと一緒のお部屋で寝ましょう」

「静子さん、いいの?」

「いいのよ。ねぇ、それで安心でしょ?」


 なんだか無理やりまとめられた気がする。薫姉ちゃんに助けの視線を投げても、彼女はテレビ画面に夢中のようで見てくれもしなかった。

 蒼介は返事もせず、「本当に見たのに」と最後にひと言呟いて、拗ねて炬燵の中に潜り込んでしまった。

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