月夜の外縁(5)

「シエン‥‥‥‥‥‥‥‥‥、シエン」

 声がきこえる。澄みきった冬の夜空のようなとても深く暗い碧色にキラキラと星が散りばめられてその表面だけが聞こえてくるみたいな、そんな声。ずっと聞いていたくて、でもその深きはずっと遠くに失ってしまった気がする‥‥‥‥‥‥。


 瞼を開くと、声の少女、レイエンが瞳を覗き込んでくる。ワタシはその微笑んだ頬に手を触れる。さらさらとした冷たい感触はワタシたち魔装人形のものだ。

 あぁ、やっぱり。この声を聞いて、この肌(人形なのに肌って言うのかな)の感触が無ければ、きっと生きてるなんて言わないよ。レイソウはワタシの手を取ると抱き寄せて指を絡めて耳元でささやいた。

「あのとき掴み損ねたこの指の感触、もうはなさないよ」

レイソウはヘタレで無力なのに、どうしてワタシはすぐ許しちゃうんだろう。どうせ他の人形たちが来れば、この指を離していつものビミョウな距離感に戻るんでしょう。でも、そうだよね。今だけ、ふたりだけの時くらい素直になってもいいよね‥‥‥‥‥。

 ワタシはレイソウの肩に顔をうずめる。すると、レイソウは開いたワタシの首筋に口をつけて、そして‥‥‥‥‥‥‥、

「あぁん、レイソウさん。もっともっとぉ。って、感じですの」

‥‥‥‥‥‥。これはワタシじゃない。いつの間にか他の人形が来ていたようで、やっぱりレイソウはワタシから離れて行ったけど、抱き合う状態から急いで離れるためには押し放すようにするわけで‥‥‥..、そこまでして無かったかのように取り繕いたいのだろうか。なんか殺意が湧いてきた。

「あの、ファソウ。今のは、その‥‥‥」

ファソウと呼ばれたのは白いレースのひらひらの付いたエプロンを着たメイド人形だ。

「あらあら、隠さなくてもいいんですのよ。わたくし、花を摘んで来ますから、続きをなさって。さあさあ早く、他の人形が来る前に。オホホホホ」

「なら、もう仕舞いじゃな」

そう言って現れたウィソウは金細工の眼鏡を掛けた、足を組んで座るように浮いている思考人形だ。

「んもう、ウィソウさんたら、来るのが早すぎますわ。そう思いません、シソウさん」

‥‥‥‥‥‥‥‥。(ワタシはそのひらひら切り落としたいって思った)

「相変わらず、無愛想ですわね。レイソウさんはどう思います?」

「えっと、みんな集まったなら進もうか」


        

 デラヌイの闇夜を4体の人形たちが歩いて行く。歩くといってもこのデラヌイに重力は無くて(有るけどとても弱いらしい)ワタシたちはアルスノによって地面に押し付けるようにして立っている。でも、ホントはちょっぴり浮いている。デラヌイという世界はすべてヌイの負の感情で出来ているから、そんな地面に直接立っていたらすぐにヌイに取り込まれてこの世界の一部になってしまう。そうなったら、自分の苦しみの感情で他人の心を塗りつぶす事しかできない存在に成ってしまうみたい。ホントに憐れ。人は苦しみ抜くとそんな悲しいバケモノに成っちゃうの.........?

 ちょっぴり浮いてるならそのまま飛んで行ってしまえばいいと思うけど、それはムリ。デラヌイの真っ暗な夜空に飛び立ってしまえば一寸で(一瞬で。

ここシャレね)闇に呑まれて、どっちが地面かもわからずに夜空で迷子になってしまうらしい。¨らしい¨って言うのは人形師が禁止しているから出来ないってだけで、ホントは飛べるかもしれないから。もしも飛べるなら、デラヌイの空のずっと高いところまで跳んで、この夜の闇を見下ろしてみたい。そしたら何が見えるんだろう?このデラヌイが何なのか、わかるのかもしれない。

 賑やかで楽しげな感情にヌイは寄ってこない。いつも通り雑談をしながら歩みを進める。相変わらず人形たちはじゃれ合いというか絡み合いというか、いつまでも飽きずに話続けている。しかも大抵レイソウが中心になってるんだ。ワタシは嫌いだ、人の話し声とか、他の人形と戯れて困ってるようなレイソウの目も声も、嫌いだ............。そこまで思って、ふと、俯いたまま目線だけ上げて見る。レイソウと、じゃれ合う人形たちを。...........‥‥‥‥‥..‥‥‥.....。あっ、ダメだ。こんなこと考えてるとまた......。



「あっ、来た!来た!敵が来ましたわよ、皆さん」

「やれやれ、心を離していたのはいったい誰かのぉ」

「いいよ、そんな事。シソウ、準備出来てる?」

 心の中でため息をついた。この3人は仲間の中で一番強い人形たちだから、ワタシのせいでヌイを呼んでしまっても、どうって事無いし、ワタシが恨むような目をしたってなんとも思って無いんだ。大人なんだね。貴女たちといるといつもワタシは赤子のように支えられているのに当のワタシはレイソウをとられて嫉妬してる。ホントならワタシはレイソウと二人きりで居たいんだ。けれど、そんな力は無くて。この感情を捨ててしまえば、ワタシはお姉ちゃんを探し出して償う事が出来るだろうに、そんな勇気も無いよ‥...........‥。無いんだよ、レイエン。助けてよ‥‥‥。

 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

デラヌイ 夕浦 ミラ @ramira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ