第6話

-さて、彼は少年を救おうと言ったが

何やら名案など思い付いた様子でもあったのだが


グレイは昨夜より余程ゆったりとして過ごし、朝も亦何気の無い時間を過ごして居た


船長の思惑や。


彼の人は確かに言ったのである

『名案』と-


併し、其の腹の内や如何に-

大島には明かされなかった其の考えは、何であるのか



悩み乍に、大島は或る場所へと向かった


昨日、あの少年奴隷と出会った其の場所へ


タンジエルの街をグレイと離れ一人と歩くと

熱気帯びる、砂の匂い強い黄色の世界をより強く感じる


人種的な姿形が比較的に似通うているからであろうか

擦れ違う行商人等が大島に何らかを売りつけようとする様な事も、物盗りが来る様子も無い


何事か問題でも有れば、両の拳にて切り抜けられると云う自信が大島には有った

無論、不必要に力を振るう腹積もりは無いのであるが。


昨日視察した牢屋-如何にも生くる事辛くある奴隷が居た其の場所に着くと、大島は辺りを見回し、少年の姿を認めると、彼に近付いた


少年は牢の格子へ添う様に座り込んで居る


「よう-」

大島が少年に声を掛けると、少年は一瞬ばかり身をびくりと縮ませて、大島を見た


竦み乍も逃げる様子の無い少年の横に、大島は無遠慮にどかりと腰を下ろす

大島をちらと見たきり、少年は膝を抱え込み、何を話す事も無かった


-長く沈黙が、流れる


「牢に、家族でも居るのかい」

格子へと身を寄せたままにじっとしている少年に、大島の方から英語で語り掛けると

少年は小さく首を横に振り、英語で答えた

「家族、みたいな人……でした」

「……そうかい」

少年の短い言葉に大島は凡て解したとばかり頷き小さく溜息を漏らして、彼と同じくそっと格子へと身を凭せた


暫し経つと今度はぽつり、と少年から大島へと英語で問いが向けられた

「貴方はあの、英国人の旦那様の奴隷なのですか?」

大島は一瞬、吃驚した様に目を丸くするが

直ぐに目を細めて笑い、首を横に振って見せた

「否-」

サテ、同族と見えたか其れとも同じ髪色肌色の輩は総て彼の様な西洋人の奴隷と属す事が多く有るのだと解釈して居るのかと、大島は眉を下げた儘答える


「イイヤ、俺はあの人に雇われ-否、契りを交わした義兄弟さ-云わば、心の友……みたいな物かね」

「心の、友?」

不思議籠る少年の声に、大島は頷く

「血は繋がっていないけれど、家族の様に大切な。其の様な間柄の事だ」

「-」

大島の説明に少年も、理解したとばかり頷くと、そっと視線を大島から外した

遠く、何事かを想う様に


大島は暫し、少年を観察する様に見遣る

華奢な彼の姿は、其の面は何とも寂し気で、哀し気で


「-友達に、なるか?」

「…………?」


ふっと聞こえた大島の言葉に、少年は実に不思議な面持ちを見せる

大島はふっと笑って、少年に語り掛けた


「俺と、お前も-グレイ、あの人と俺の様に友達に……心の友、になれるんじゃあないかね。俺はそう思うよ」

「……何故、ですか」

「サテ、唯そう感じただけだ。心を繋ぐってのはそういうモンだろうに」

「…………」


少年は膝を抱え、そして言葉無くコクリ、と頷いた


其の姿に大島は嬉し気に満面の笑みを浮かべる

「よし、其れじゃあ友情の証だ。ほら」


大島は大切にハンケチに包んでいたビスケットを取り出すと少年に取り出した

少年は其れに手を伸ばしかけるが、併し直ぐに手を止めて困惑した様に大島を見た


大島は少年の想う処を直ぐに察する

「……ああ、そうだな」


其うして、大島はビスケットを綺麗に半分に割り

片割れを少年へと差し出した


「心の友同士、半分こだな」

少年はコクリと頷き、漸くビスケットを受け取った


併し、未だ其れを口にする様子はない


「どうしたね、何か気になるかい」

大島が言うと、少年はおずおずとしながらに問を向けた

「貴方の……名前は」

「ああ、俺は『大島』って云うんだ」

「オーシマ」

「そうだ。それで、お前さんの名前は何と云うんだい」

「…………」

少年は小さく、首を振る


其の姿に大島は察し、少年の頭にポンと、ごく軽く手を置いた

仲良しの友、親が子にする様に優しく


「まあ、食おうや。美味い菓子だぞ、ホレ」

「……はい」


大島に促される儘に少年はビスケットをサク、と口にする

ビスケットを咀嚼する少年の瞳に涙が滲み、ぽろ、ぽろと雫が落ちた


大島は少年の肩を抱き寄せると、其の頭を優しく撫でて呟いた

「大丈夫、大丈夫だからな-」



「絶対に、お前を助けてやるさ」

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少年奴隷。 青沼キヨスケ @aonuma_kiyosuke

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