第10話 地味な最高さ
智輝は、予想以上に最高の彼氏だった。
特別に背が高いわけでもなく、特別に顔立ちが華やかなわけでもない、そしてシャイで引っ込み思案な彼は、決してモテる方ではなかった。しかし、そういった「地味な」要素を上回るほど、彼は思慮深く、優しく、愛情に溢れる人であったのだ。そのことを知っている女の子は、とても少ないだろう。それほどに、智輝は目立たない男だった。
高級なプレゼントをくれたり、すべてのデート代を奢ってくれたりする訳ではない。彼の「最高さ」というのは、それこそもっと地味なもので、例えばこちらからのSNSメッセージに迅速に返信してくれるだとか、それでいてこちらの返信を急かさないことだとか、遅刻を絶対にしないこととか、そういう小さなことの積み重ねからなるもの。合コンなんかにも行かないらしいし、飲み会があるときは、どんなコミュニティで、いつ飲み会があるのか、ちゃんと報告してくれる。
当然? ――いや、ひとつひとつは当然なことであっても、それらをすべてこなすことは、決して当然なんかではない。そして、自分がそれらを完璧に遂行しているのに、私にそれらを一切求めない。そんなことある?
とにかく、智輝は私には勿体ないほどのいいヤツで、初めは彼に言われて付き合い始めたにもかかわらず、いつの間にか本当に好きになっていた。そのことに気づいたのが、なんと付き合いはじめてから一年と少し経った辺り。なんの変哲もないデートの帰り道に「やっぱり智輝って最高だ、好きだわ」となんとなく呟いたら、彼はびっくりして転んでしまい、顔に擦り傷を作ってしまった。
ただ、不思議なのだ。――どうして、彼は私なんかのことを大事にしてくれるのか。本当に、春子の代わりじゃないのか。だって、おかしいじゃん。きれいな子と、その引き立て役が並んでいたときに、どうしてわざわざ引き立て役の方を選ぶの? みたいな。
智輝との出会いは、高校一年生の春。――智輝とその親友が、私たちのクラスに遊びに来たことがきっかけだった。
※ ※ ※
永野 春子という生徒はいないか、と背の高い、少しつり目の男子生徒に問われた。
「お前、よく一緒に歩いてるよな。永野だよ、髪が長い、色白の」
「うん、分かるよ、春子ね。今ちょっと席外してるから」
「マジかよ、いつ来ても全然会えないんだけど」
まだ四月だというのに、似たような会話をするのは、他の者も合わせるともう四、五回目だった。つり目のそいつによれば、入学式で一目惚れした春子と友だちになりたくて、こうして何度か春子(と私)のクラスを訪れているけれど、なかなかタイミングが合わずにいるのだ。
「齋藤、やっぱり用があるなら付箋か何かでメモ残していったら? 向こうも忙しいんだよ、きっと」
そう提案したのは、隣にいた智輝だった。そして智輝は私の方に向き直ると、困ったように眉根を寄せながら謝るのだった。
「原田さんだよね、ごめんね、しょーもないことでお邪魔して」
「いや、私は別に」
永野 春子はどこだ、永野 春子は知らないか、彼女は今どこにいるのか。主に男子からそのような質問を受けることに慣れていた私は、事も無げに答えた。
「春子って、本当に有名人だよね」
「確かにね、モテるからね」
智輝が小さく頷いた。そのとき何となく、ああ、この子も春子を見に来たのかな、なんて思ったのだ。
それからというもの、私たちは顔を合わせたら少しは会話を交わす程度の仲になり、同じ大学に入学してからはよりいっそう話す機会も増えた。
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