第9話 無意味な疑問符

 私はクズである。――自分の身勝手さで死にたがっていた春子を拾い、挙げ句彼女のことを忘れ、彼氏と会おうとしていたなんて。

 女子高時代、恋なんてまだ知りもしなかったころ、


「友情より恋を取る女は、信用できないよね」


 なんて、よく言ったものだ。いつも一緒にいた、仲良し4人組で遊びに行く予定を決めるときとか。中学時代を女子校で過ごした、非モテ系4人組。私たちはある意味、それを「ステータス」にしていた。


 そして、春子みたいな「女の子らしい女の子」を遠ざけていた。――知らないものをバカにするのは簡単だから。




「私ね、就活しなおそうかなって思うの」


 春子は、注文したハーブティーをすすり、小さな音を立ててソーサーの上に置くと共に、そう呟いた。そういえば彼女、「勤めていた会社を辞めた」と言っていたな。


「無理しなくていいんじゃない? だって、辞めたばっかりなんでしょ」

「……無理はしてない。生活に、お金は必要だから」


 「エジソンは偉い人」並みに当たり前の発言だが、彼女はあの春子だ。私なんかの世話になるのはプライドが許さないのかもしれない。――それならそれで、まあ、好きにさせとけばいいか。


「だから、明日夕方から、少し家空ける」

「早! いきなりじゃん」

「わざわざ先伸ばしにする必要もないし」


 思い立ったが吉日、ということか。そんなに焦らなくてもいいのに、と言おうとして口をつぐんだ。――好都合では。


「そっか。……私もね、明日夜、ちょっと用事があるから。夜ご飯はお互い外で食べるってことでいい?」

「オッケー。何の用事?」

「大学時代の友だちと久しぶりに会う」

「いいじゃん、楽しんできなよ」


 思いの外、事がトントン拍子に進む。大学時代の友だち。――あながち嘘ではない。彼とは大学時代から付き合っている。


 もしかしたら、嘘をつく必要なんてないのかもしれない。ただ、「恋人」なんていう、幸せの象徴みたいな存在を、わざわざ自殺未遂を犯したばかりの女の前に突きつけなくても良いよな、と判断した。


 ……なんて、綺麗事も良いところだ。自分の恋人と春子を、なるべく遠ざけておきたい、ただそれだけだ。




 彼氏の智輝は、高校、そして大学の同級生だった。高校時代は一度も同じクラスになったことがなく、話したことも数えるほどしかなかった。そんな智輝が、大学三年生の秋という中途半端な時期に告白してきたときには、驚いた。


 付き合ってください、と頬を赤らめながらお願いしてきた智輝に対して、ほとんど間髪をいれず、いいよ、と返事をした。難しく考えたら負けだ、と思ったのだ。自分の心の中に浮かび上がる言葉を、押し込めて、叩き潰して、見えないふりをして。


「春子の次に、好きだったの?」

「春子が違う大学に行っちゃったから、私なの?」

「春子がモテるから、諦めたの?」


 そんな疑問符は、何の意味もないから。私と智輝の周りに、春子はいないから、そんなこと考えなくていい――


 そうして私は、「智輝」という名の幸せを手に入れた。

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