第11話 彼女の言うことは絶対だった

 そんな出会いだったから、私は智輝が春子のことを気に入っているものだとずっと思っていた。智輝は春子狙いの親友に連れられて、私たちのクラスに頻繁に遊びに来た。


「ねえ、岡田くん。あいつと春子が上手くいったら、どうするつもりよ」


 一度、意地悪を言うつもりでそんな質問をしたことがある。当時はまだ、智輝のことを「岡田くん」と呼んでいた。


「どうするって? ……わーいって言うとか、そういうこと……?」

「わーいって何よ、プライドないの」

「プライド?」


 キョトンとして首を傾げた彼を見て、ダメだ、こいつ話が通じないと思ったんだっけ。



 結局、春子とつり目の男子が結ばれることはなかったけれど(春子曰く「アイツはない」)、なんやかんやで私と智輝は顔を合わせれば、挨拶とちょっとした会話を交わす仲となったのだ。


「私さ、思ったんだけど」


 ある日、春子が少しニヤニヤしながら私に話しかけてきた。


「岡田くんだっけ、あの子、たぶんミウのこと好きよね」

「そんなわけなくない?」


 当時、私はすぐさま否定した。前に言ったとおり、春子みたいな素敵な女と、私みたいな普通の女が並んでたら、普通はいい方を選ぶでしょう、と。そうじゃなかったら、妥協でしょ、と。だから、私を「妥協の末、狙っている」なら理解できるけれど、「好き」は絶対にないはずだと思った。


 そして、そんなことを言う春子のことを何故か少しだけ嫌いになった。


「そうかな。私、結構そういうの当てるタイプなんだけどな」


 そう言って私の前を進む春子の後ろ姿に「死ねばいいのに」と無音で呟いたのだった。



 ※ ※ ※



 当時は死ねばいいのにとまで感じた春子も、今となっては死んでもらっては困る。いや、当時だって心の底から死んでほしいと思った訳ではなかったし、逆に、今だって彼女に死なれたら困る訳ではないけれど、折角助けたのに後味が悪すぎる。


「ハローワークにでも行くの?それだったら私、ついていこうか」


 普段だったら確実に、「ついていくから」と断言していたと思う。ただ、今回は智輝との予定があるわけで。


「いいよ、別に」

「でも、……ね」

「心配しないで、まさか今さら死のうとなんてしてない。遺書も回収済み」


 そう言って彼女は鞄から取り出した封筒をヒラヒラと振った。これが、遺書。背筋が凍る。


 こんなことで引き下がって良いものなのだろうか。急に不安になる。たぶん、遺書を見たことで春子がマジで死のうとしていたという現実を見せつけられた気がしたのだろう。智輝とはいつでも会えるわけで、そう考えるとやっぱり――


「あのね、人間、そんなにホイホイ死ぬ覚悟なんて何度もできないから」

「……分かった」


 春子の有無を言わせぬ口調に押し負けて、私は折れた。



 そうだ、春子の言うことは絶対だった。十年前は当たり前だったことを、今さら思い出すのだった。

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