第6話 ルージュの儀式
「ハルって、自分だけじゃなくて、人に似合うものを探すのも上手だったよね」
「そうかな」
「うん。……大人になってから色々試したけどさ、結局中二の文化祭のとき、ハルが選んでくれたリップと同じ色のコスメばっかり身に付けている気がする」
コーラルピンクのルージュに、オレンジチーク。ネイルだって、ピンクにほんの少しだけ黄色みが混じったようなベージュ。自分の肌にスッと馴染むそれらは、私のお守り。周囲から浮かず、だけど自分をちょっぴり可愛らしく、幸せそうに見せてくれる。
「ハルには、似合わないもの。……そういうの全部、ミウに似合いそうだなって」
「まー、似ても似つかないもんな! うちら」
アハハ、と笑っても春子はにこりともしなかった。……何か、地雷でも踏んだだろうか。
「それはそれとしてさ、中二の文化祭が、一番楽しかったんだ、私」
「中学で?」
「いや、高校も含めて」
慌てて話題をそらす。
春子と私。実は、高校も同じところに通っていた。しかし、春子との想い出は、いずれも中学時代のこと。正直、高校時代は彼女とは疎遠になっていた。明確なきっかけがあったわけではない。ただ――まあ、この話はまたいつか。
「何か特別なこと、有ったっけ?」
「いや。……そんなことはないけど」
春子と回った文化祭は、結局この一度だけ。中一のときはまだそこまで仲良くなかったし(もしかすると、部活を辞めなければいけなくなった件で、喧嘩したばかりだったかも)、中三のときは、高校受験が近かったから、一瞬だけ顔を出して、即帰ってしまったのだ。ふと思った。――私、春子と一緒だったから、あの文化祭が楽しかったのだろうか。裏を返せば、春子と過ごさなかったから、他の文化祭は楽しくなかったのだろうか。
でも。――でも、私は春子が苦手だ。
「春子は、どの文化祭が一番楽しかった?」
春子なら、私の他にも明るく、可愛い友だちがたくさんいただろうから、そういう子たちとの想い出がたくさんあるかもしれない。中二のとき、と答えてくれたら、嬉しいかもしれない。でも、そうであってほしくない、そんな気もしている。
「……文化祭ね。楽しい想い出なんて、ない」
「そっか、」
予想を上回る、最悪な答えだったと感じた。私の中で春子は、リア充で、友だちがたくさん居て、彼氏に困ることもなく、キラキラした生活を送っている女の子であった。そうであるべきだった。
「ねえ、ハル」
「何」
どうして、と訊きそうになって、慌てて口を閉じる。
「しばらく、うちに居なよ」
「そうする。親にこれ以上迷惑かけたくないし」
「別に、ご実家に帰らなくていいから。新たな生活の拠点ができるまで、居なよ」
「……もしかして、暗に帰れと言っている?」
「違うよ、言葉通りの意味だよ」
ねえ、どうして死のうとしたの。春子は、幸せな女でしょう? 私は今、結構幸せなんだ。希望の教職に就けて、まあ、まさか母校に戻るとは思っていなかったけれど、それなりに充実した毎日を過ごしている。大学三年の頃から付き合っている彼氏がいるし、なんなら結構いいやつだし、最近やたらと結婚をちらつかせてくる。友人だって、それなりに。でも、春子は当然、それ以上に幸せなんだよね、そうだよね?
そう、私に似合うものは春子に似合わないっていう話をした。でも、逆もしかりなのだ。春子に似合うものは、私には似合わない。でも、似合わないからこそ憧れる。だから私は、誰にも会わない日に、春子によく似合いそうな深い赤のルージュを引く。鏡の中を覗き込み、自分の顔と、唇の色がどうもちぐはぐなのを確認して、――安心? 嬉しくなる? そして、どこか歪んだ笑みを浮かべるのだ。
おかしな習慣であることは、分かっている。しかし、最後に春子を見た成人式の日から、そのバカみたいな儀式を止められずにいる。
春子は、私の憧れ。一生届かないもの。絶対にそうあって欲しかった。
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