第5話 春子と過ごした文化祭
※ ※ ※
中学二年の頃、私は春子に何度目かの「信じられない」を浴びせられていた。
「今日は文化祭なんだよ? 他校からもいっぱいお客さんが来るのに、いつもと同じ格好? 信じられない」
「良いでしょ、逆にどうしろと」
春子は、中学生の頃からおしゃれだった。短いスカートに、紺色のソックス。少しだぼっとしたベージュのカーディガンを制服の上に羽織るその姿は、まるで学園ドラマに出てくるヒロインの女の子みたいだった。
「髪の毛もボサボサ、唇ガサガサ、やる気あるの?」
「やる気って」
春子の「やる気」というのは、彼氏を作ることに対するモチベーションを指していた。比較的晩稲なタイプだった私に対して、春子はというと、中学に入ってから既に三人目の彼氏をフッたばかりだった。女子高にいるというのに、どうしてこうもモテるのか。
「そもそも、今日は一緒に回るって約束だったよね。そんなんじゃ、ハルの隣においておけない」
「一緒に歩くのも恥ずかしい見た目で悪かったね?」
「だから、ハルに任せて」
何を、と問う前に、私はお手洗いに連れていかれた。
プロデュースド・バイ・春子の私は、確かにいつもの5割増しで可愛かったかもしれない。中途半端に長いスカートは、ゴムベルトで丈を詰める。仕上げに、コーラルピンクの色つきリップ。登校途中に、春子が私のために勝手に買ってきてくれたという。そして、きちんとお金は請求された。400円+税、中学生としてはまあまあな出費。
「ナンパ待ちなら、ハル一人でやればいいじゃん」
「だーめ。ハルとミウ、ふたりが一緒に可愛くなくちゃダメなの。一緒に文化祭回るんだからさ」
ああ、そういうやつね、と思った。中学二年生。――少しずつ、「イケてるやつ」と「そうでもないやつ」と、「ダサいやつ」に分かれ始める頃。当時は「スクールカースト」なんていう気の利いた言葉はなかったけれど、平等であるべきはずの自分たちが、互いに品定めをし、自分の居場所を探し始める、そんな年頃だったのだ。
「ハルはさ。――私みたいにダサいやつと一緒に過ごしてて、退屈じゃないわけ?」
何故だか唐突に意地悪を言いたくなってそのような質問をしたはずなのに、これでは自分が惨めになるだけではないかと思った。――ただ、卑屈になっていた。
「退屈? ……それはよく分からないけれど、単純に勿体ないなーって、イライラする」
自分とは少し違うベクトルで物を見ている春子は、臆することもなく私に「イライラする」と言い放つのだ。
「折角似合うものがあるのに、折角面白いことが言えるのに、折角……こっちが、悔しくなる」
思いの外、真面目な顔でそんなことを言うものだから、少しだけ驚いた記憶がある。
「……これで、準備終わったから。行くよ」
そして春子は私に背を向けて歩き始めた。あわててその後を追った。
その後の文化祭がどんなものだったか、詳しいことは忘れているし、長くなるので省く。それなりに良い想い出にはなった。演劇部や合唱部の公演、お化け屋敷の出し物。どれもワクワクしたし、春子だって結構はしゃいでいた。
「うち、実は合唱部入ろうかどうか迷ったんだよね」
「いやー、絶対に向いてないよ。あそこ、人間関係ドロドロらしいよ? ハルだったら絶対ケンカするじゃん」
「この学校の演劇部の子ってさ、どうしてああもメンヘラばっかり揃ってるのかな」
「ちょっと、祐佳の悪口言わないでよ」
「別に祐佳一人のことを指してる訳じゃないんだけど……ハル、もしかして祐佳のこと苦手?」
「……この間、祐佳以外の人と遊ぶなって言われたからブチキレたばっかりで」
私たちの会話は、他人の悪口がかなりの部分を占めたものだった。決して誉められたことではないけれど、春子以外の人間の前では(たとえ相手が家族であったとしても)毒を吐くことができなかった私にとっては、いいストレス発散になるのだった。
この頃辺りには既に、春子の隣に並ぶとどこか惨めな気分になるようになっていた。――けれど、それでも私は春子と一緒にいるのをやめられないのだろうな、と感じていた。
そう、そういえば、春子の思惑通り、文化祭に来ていた男子校の生徒に話しかけてもらうことに成功した、ということも特筆すべきことだろう。結構偏差値高めの男子校出身の彼らとメールアドレスを交換し、春子はテンションが上がっていた記憶がある。何故か私も半ば無理やり相手のメールアドレスを登録させられた覚えがあるけれど、帰るや否や消去したはず。所詮は知らない人だ。
文化祭が終わっても、一週間程は生徒たちが浮かれるものだ。春子も例外ではなく、ナンパしてきた男子高校生のうちの一人と交際を始め、一ヶ月で破局した。私はというと、何故か春子の友だちや、他のちょっと「イケてる」やつから話しかけられる機会が増えるようになっていて、不思議なこともあるものだなあと感じていた。――その後、私は中学校生活を「イケてるやつの一味」として過ごすようになるのだが、その理由はいまだに判然としない。春子がなにかをしたのだろう、と思っている。
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